キツネさん、服を買う
ホームに降りてちょっと見回すだけでどこよりも人の多さを感じるのが新宿だ。
物珍しそうにするキツネさんの様子は典型的なお上りさんである。田舎者を飛び越え外国人どころか異世界人だ、迷子になってもおかしくない。
「キツネさん、はぐれないように気をつけてくださいね」
「心配はいらぬ。例えはぐれても、タダシ殿の居る場所なら探そうと思えばどうとでもなる」
「そうですか、じゃあまたついて来てください」
何故どうとでもなるのか気になるが、まずは西口へ向かう。
ホームから地下へ降り、切符は出るときに回収されることを告げ、キツネさんと並んで改札を出る。
西口は改札からすぐに百貨店直通エレベーターがあり、地上に出れば家電量販店などが目立つエリアだ。また各私鉄や地下鉄への乗り換えや高速バス乗り場もある。地上に出ると、相変わらず多くの人々が行き交っていた。
「電車に乗る前にも、乗った中でも思うたが、人に溢れておるのう」
人が多いというだけの言葉ではないのだろう。キツネさんの世界では、人だけが歩き回る光景のほうがずっと珍しいに違いない。
「獣人がいない世界は奇妙ですか」
「こちらは目にするもの奇妙に見えるものばかりじゃがの。さてタダシ殿、これから何処へ行くのじゃ」
「こっちに衣料品店があります、行きましょう」
回答になっていない気もするが、まあいいか。
少し歩けば目的の店はすぐだ。そこそこに安く、そこそこに品揃えがある。気に入るものがみつからなければ、他にも店の選択肢はいくらでもある。
開店から間も無く、混み合いすぎてはいない。女性用フロアで取り急ぎのものを揃えてしまおう。
「手にとっていろいろ見てみてください。戻す時は軽く畳んで戻せば、店員さんがそのうち畳み直してくれます。気になるものがあれば試しに着るところもありますから」
「ふむ、タダシ殿のお勧めなどはあるかの?」
「はっきり言いましょう。女性用の服なんて全く分かりません!」
「力強く言うようなことではなかろうに」
だって本当にわかんねーんだもの。男用のファッションだってよくわかんねーのに。少なくともガイアが輝けと囁いてくるようなセンスは俺にはない。
「キツネさんはこっちの人にはない事情があるんで、スカートとかワンピースでゆったりしたものが楽かもしれませんね」
もちろん尻尾のことである。現状俺のジーパンを履いているが、サイズが合うものを履くと逆に収まらないのではないだろうか。女性のパンツルックって結構ぴっちりしたのを履いている人ばかりの気がする。
察したキツネさんもふむふむと頷く。
「確かに、腰回りに余裕が欲しいの」
「そう考えると、結構選択肢は狭まりますね」
「やはり、儂よりもタダシ殿の方がこちらの服に詳しいのは確かじゃ。苦手でも選んでもらえるとありがたいのじゃがの?」
キツネさんが俺の顔を覗き込むように、少し頭を下げて視線を送りこんでくる。美女の微笑みってのはそれだけで価値がある。仕方ない、惑わされよう。短くため息を出して服の森に目を向ける。
服を選んではキツネさんの体に貼り付けるようにして大まかなサイズを合わせて選び直す。大体の服の仕組みを教えて買い物かごにワンセット放り込む。
そしてかごとキツネさんを試着室に入れる、その前に、近くにいた女の店員さんを捕まえて試着したものを着たまま清算出来るよう頼み込む。何やら試着室には原則商品二点までしか持ち込めないらしい。店員さんが気をきかせてくれて、かごの中を見て確認し、会計まで案内してくれるとのこと。
「タダシ殿、手伝ってはくれぬのかの」
「さすがに人前で女性が服を脱ぐところに男も入るのはよろしくないですよ、鏡もありますし一人で着てみてください」
案内された試着室にキツネさんを入れてカーテンを閉める。控えてくれている店員さんがなんとも微妙な感じで微笑んでいた。ところ構わずいちゃつきかねないバカップルとでも思われただろうか。俺だったら思う。
ときおり店員さんがサイズはいかがですかとかキツネさんに声をかけながら、なんだか気まずく感じながら待つこと数分、中からカーテンが開かれる。
長袖のひざ下まであるゆったりとした白のワンピースを身につけたキツネさんが現れた。飾りはほぼなく、ウエストを締めるための紐がついている程度で、今はちょうちょ結びしてある。
「タダシ殿、おかしいところはないかの?」
そう言って、ゆっくりとその場で体を回らせる。遠心力で、裾がふわりとわずかに持ち上がる。
膨張色に関係なくシルエットはほっそりとして、丸襟からきれいな肌が覗いて小さい頭が乗っかっている。ビール一日一本と聞いてしょげていた飲兵衛とは思えないモデル体型のお嬢様。
「大丈夫そうですね。これ買うんで、値札をとるハサミ貸してもらってもいいですか」
数秒見とれていた店員さんにハサミを借り、バーコードのついた値札をとって渡す。
白いワンピースの胸元に何やら突起があるのに気付いた。素肌に試着ってのはよろしくないのでは。さっさと次の薄いピンク色のセーター、ベージュのコートを同様に着せて確認しては、また値札をとって店員さんに渡す。さっき見とれていたのは顔だと思いたい。
「こんなもんですかね。キツネさん、不具合は感じますか?」
「いや、何も問題ない。どうじゃ、見違えたかの?」
「そうですね、奇抜な美人が親しみやすい美人になりましたよ」
奇抜とはひどいのうと、ころころ笑うキツネさんから着ていた服を渡してもらい、持って来てもらった買い物袋に適当に突っ込み、レジに向かう。
会計を済ませ、わがままを聞いてくれた店員さんにお礼を言って店を出る。
変に緊張していたのか、持った袋ごと両手をあげて伸びをする。袋を見上げて、服の中にタマがいたはずだと気付いた。
「そう言えば、タマはどこに」
「今はコートの中に張り付いておるよ。コートを着る前は服の中で、膝の上あたりに隠れておった。膝下をさらしておるから、タマが靴の中まで覆えぬ。ちと歩きにくい」
「ああ、靴から見た方がよかったかな。外は寒くはないですか?寒かったら戻って買い足しますから」
「ちと足が冷えるが大丈夫じゃよ。儂はこれくらいの陽気であれば、裸で過ごしても風邪などひかぬからの」
裸で肌寒い中過ごしたことがあるかのような物言いである。巫女服を着て来たあたり、修行かなにかだろうか。
よくわからない人だ。
女性用の服なんて仕事でコスプレ衣装と下着しか買ったことありません。
そんな作者だとご承知置き下さい。