表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/163

キツネさん、目をそらす

「詳しい話もせずにキツネのような力量のものを受け入れるとは、タダシは剛毅なのか呑気なのか。さてキツネよ。身の上をあまり話していないということは、タダシの身の上もあまり聞いていないのか」


 リュウさんが俺からキツネさんに目線を変えて質問する。

 どうでもいいが家族以外からの下の名前を呼び捨てされるのが久し振りな気がする。なんだか新鮮。それと、少なくとも俺は剛毅ではない。


「む……タダシ殿の身の上話のう」


 キツネさんがサツマイモの天ぷらをもっさもっさと食べながら、眉間に皺を寄せる。俺と何を話したか思い起こしているのだろうが、食事をしながらする表情ではない。そんな顔して食べてると不味そうですよ、キツネさん。


「夫婦になるのであればお互いの家族や生業なんぞを話すくらいはしてもおかしくないと思うがな。出会ってからこれまで何を話していたのだ」

「何を話していたか、ですか」


 さて、法に則って夫婦となったわけではなく、日本の制度や風習上としては同棲の恋人か内縁の夫婦といったところであるが、お互いをそれと認識して一月以上。何を話してきただろうか。つらつら思い返しながら答える。


「えー。外では目についたものについて、部屋では屋内で楽しめる娯楽について、キツネさんが疑問に思ったことに答えるのが基本的な会話内容だったような。あとはキツネさん側の話を聞くことも多くて、俺についての話は一番少ないんじゃないですかね」

「キツネは遊んでばかりいたのか?」

「そう言われると、そうだとしか言えんのう」


 リュウさんが呆れ気味に苦笑いし、キツネさんが悪びれもせずに頷く。

 まあ間違ってない。土日に競馬で稼いで、平日は買い食いしながらフラフラする生活なんて、遊んでばかりの生活としか表現できない。


「最初は物見遊山に付き合ってくれと言われて、遊びに来たものと思ってましたし、遊びから見える社会もあるでしょう。こちらでキツネさんが遣うお金はキツネさん自身が稼いでもらうようになりましたし」

「それもこれもタダシが世話してくれた結果だろう?それに対してキツネはタダシに何が出来たか、それを聞きたいのだ」


 何をしてくれたか、か。

 稼ぎはそれぞれ別個。飯代も大抵外食で折半。費用面で楽になったのは部屋代が半額肩代わりになったくらいか。その分酒に付き合ってしまっているようにも思うが。

 掃除洗濯が恐ろしく楽になったのはキツネさんがサキを連れてきてくれたからだが、つまりはサキのおかげであって、キツネさんのおかげと言っていいものか。サキが九分にキツネさん一分くらい?サキさんには頭が上がりません。

 キツネさんのやってくれることと言うと、もう後は夜のことしか思いつかない。いや、あれはそもそも魔術の訓練の意味もあった。


「魔術の使い方を教えてもらいました。初歩の初歩程度しか、まだ使えませんけど」


 現在進行中で言葉に魔力を込めて話しているのに、うっかりしていた。


「それは、タダシにとってキツネの面倒を見るのに相応しい対価なのか?こちらの人々は魔術を使えないし、使う必要もないと聞いた。魔術の初歩を教えるなど大したことではないだろう」

「いや、何故か歌うと魔力がこもって意思が伝わるようになってしまって、その制御のために必要になったんです」

「それはキツネが来てからか?」

「そうですね」

「ならば魔力が勝手に歌にこもるようになったのはキツネのせいではないのか?」


 因果関係がはっきりしているわけではないが、事実の前後での変化を考えるに、キツネさんの来訪が何かのトリガーになったのだろうとは思う。というかそうでないと魔力がどうのなんて話は一生関係なかっただろう。

 そうだとしても、だ。


「それを含めて感謝してます」

「そうか。そう言うなら、儂がキツネとタダシにあれこれ言うこともない」


 リュウさんは話したいことは終わったとばかりに、瓶ビールを一気飲みしてお代わりを注文する。

 まるでキツネさんに対する小言を言っていたように見えるが、俺のことを気遣ってくれて、それ以上にキツネさんのことを気遣っていたのだろう。


「儂の金で散々飲み食いしておいて、偉そうによく言うわ」

「一応は母だからな!」


 キツネさんがそっぽを向いて悪態をつき、リュウさんが笑いとばす。俺の想像もつかないほどの長い付き合いなのだ。親の心配も、子供の照れ隠しもよく分かっているのだろう。

 皆ほどよく飯を食べ終え、漬物類をつまみながら酒やお茶を飲んで人心地つく。


「この世界には魔術師がいなかったのですネー」


 ソルさんがぽそりと呟いた。


「……知らなかったんですか?」

「私、何も聞いてませんでシター」

「……言っておらんかったのう」

「いやあ、魔術なしの技術で発展した世界とは、学ぶのが楽しみデスネー」


 朗らかに笑うソルさんを前に、リュウさんがキツネさんを半目で見つめると、キツネさんがまたそっぽを向いた。


「お茶がほんのり甘くて美味しいデスネー」


 この人もなんだかんだ言って気質が大者だなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ