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キツネさん、ばらされる

 リュウさんがパァッと輝くような笑顔で天ぷらにがっつき、ソルさんはフォークとスプーンでご飯と味噌汁と天ぷらをどう食べていったらいいか他三人を観察しながらゆっくりと食事するなか、キツネさんから話を引き出す。


「そちらの妲己はいい人だったんですね」

「うむ。若くして病で亡くなってしまっての。聡明で、夫たる王の行動にも論理立てて事の善し悪しを問うておった。女が政治に口を出すなと言った王の配下を理詰めの口論でやりこんでおったなあ」


 俺の知る妲己は文句を言ってきた王の配下を殺すような性格なんだが、180度方向性が違うな。それに死因は病気じゃなくて武王により夫婦ともども討伐されたことで、それによって殷から周へと王朝がとって代わられたはず。だったような。自信がない。


「夫の方もいい男でなあ。妲己をとても大切にし、また妲己もよく支えていた。国が長く続き官僚がのさばっていたなかで、政治を正そうと精をだしておってな。それが二人の体を蝕んだのかもしれん、妲己が亡くなると夫の方も追いかけるように逝ってしまった」


 どうやら悪名高い紂王も、異世界あちらでは随分と性格が違うようだ。というか、こちらの紂王と妲己の夫婦も滅びた国の最後の王ということで、後の歴史書で悪名てんこ盛りにされた可能性がなくもないんだろうな。

 とりとめのないことを考えながらキツネさんの話を聞いているところに、エビの尻尾をカリカリ咀嚼していたリュウさんが口を挟む。


「妲己が亡くなって沈んでいた王に、妲己の姿へ写し変わり『儂でよければ代わりになる』と言って断られた、と、あのときキツネは言っていたなあ」

「は、母よ。言っていたが……あれは、妲己に王をよろしくと頼まれてじゃな」


 懐かしそうに思い出を語っていたキツネさんが、リュウさんの昔話の追補によって壮絶に挙動不審になる。妙に不自然に笑って俺の様子を探る。

 まあ、嫁の代わりになるってことは、半ば、後妻になるとか、内縁の妻になるとか、つまりはプロポーズに等しいのだろう。夫と今呼んでいる男の前でしてほしい話題ではなく、それでキョドってると。リュウさんに悪気は欠片もなさそうなので強くも言えないようだ。

 しかし以前おおざっぱには聞いていた話なので、俺としては、なるほどねという程度だ。むしろ王の後に迫った男が平凡すぎる件について。

 とりあえず適当に話を流してあげよう。


「あー。キツネさんを振るような剛毅な人もいたんですねえ」

「剛毅もなにも彼奴からしたら、世話していた妙な獣がいきなり死んだ妻の姿になって話しかけてきて、驚いてそれどころではないだろうよ」

「……獣?」

「妲己が亡くなって、その時に初めて人の姿をとったからなあ。異変が起きたと感じて飛んで行ってみれば、獣の姿ではなく人の姿をとったキツネが素っ裸で城の庭でほうけておった」


 話を咀嚼して飲み込んでみる。どうやらキツネさんは元々は獣であったと。てっきり今の姿がデフォルトだと思いこんでいたが、こちらの狐妖怪の話と奇妙に共通点があることを鑑みれば今更気付いたのかとも思える。獣の姿「も」とれると言っていたような気もするし。


「へえ。ということは、キツネさんはもともと文字通り単なる狐だったんですか?」

「ただの獣ならば、わざわざ拾わん。儂がキツネを拾ったときにはすでに魔獣となっていて、珍しく理性的な魔獣だと思って育ててみた。狐としては体が大きく、尻尾がいくつもあって目に付いてな。いくつあったか、キツネよ」

「……たしか、今は九」

「増えたか」


 なんかキツネさんが居心地悪そうにしながら答える。小さかった頃の話を親にされてどうにもし難い、といったところだろうか。

 というか九尾の狐なんですね。増えたんですか。そうですか。封印されたりした経験はお有りでしょうか。俺は尻尾が一つのキツネさんしか知らないんだが、九つの尻尾に顔を埋めてみたい、と言ったら怒られるだろうか。一つだけでも、とてもいいものではあるのだが、欲望とは際限のないものであるので。


「何か色々と初耳ですが、キツネさんが魔獣ですか。魔獣ねえ。魔人ではなく?」

「魔獣でなければ、人の姿に変化できなどせんからな。儂も今は人の成りをしているが、もとはヤモリよ。儂等を魔獣と言うべきなのか魔人と言うべきなのかは曖昧なところだな」


 龍はヤモリ説。壁でちょこまか歩いているのが空を飛ぶことになるのか。なんとまあ可愛らしい龍であることか。目の前にいるのは美人さんだが。


「それは置いておくが、大抵の獣人のもとは魔獣だ。人に寄り添って生き、人に感化され、人を学び、人に近づきたいと願った。そのようなものが魔獣となって力を得たとき、人に近しい姿をとった。そういうものだ」

「へえ。キツネさんやリュウさんもですか?」

「儂等は少し特殊なようでな。普通の魔獣や魔人よりも遥かに強い。だからこそ、そこらの魔術師にはそうそうできない仕事をしている」


 リュウさんからキツネさんの話を聞きながら食べ進めているのだが、リュウさんの消費速度が倍近くて一人だけ大食い選手権じみているのに、話すときには口の中には何も残っていない。食事の早さも強さのうちの一つだろうか。

 一人先に定食一人前を食べきり、リュウさんはふと疑問を口にする。


「しかし、キツネから何も聞いていなかったのか」

「数千年分の身の上話全てを聞くには、まだまだ時間が足りませんし。こうやって言われれば聞きますし、追い追いでいいかなあ、と」


 確かにキツネさんのことを多くは知らないだろう。それでも、お互いの思いを歌でぶつけあったときの感触からして、二人で贅沢しすぎないように生活する分にはそう問題はないと思っている。

 などと俺がお気楽に考えているところで、キツネさんが一息ついて胸を撫で下ろしていた。

お母さんは余計なことを言うものです。

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