キツネさん、夜明けまで語る
キツネさんがゲームで遊び、リュウさんは楽しそうに酒を飲んでいるなか、ソルさんは段々と手持ち無沙汰になってきたように見えた。
なので、ソルさんを相手に早速小さめの六法を引っ張り出して法律の簡単な話を始めた。が。
「憲法がどいうものかはおおよそ理解しました。しかし、王はいるのに統治に関わらない仕組みが何故出来上がったのでしょう?」
「えー、話すと長くなりそうですが」
「タダシ殿。儂も聞きたい」
「わかりました。憲法にもある人権ってところが鍵なんですが……」
法の話の途中で思想や哲学の話になり、キツネさんも視線をテレビに固定したまま話を促し、
「しかし支配者と被支配者の関係がそのような考えの形に変化すると、争い……いや、戦争になるのではないでしょうか」
「まあ、革命が起きましたね」
思想哲学の話から革命の話にとんで近代戦史の話になり、
「日本は最終的に、軍事用の飛行機から強力な攻撃を受けた後に降伏しました」
「ふうむ。飛行機、ですか。魔術を使わずに人が空を飛ぶとは」
「人間も空を飛ぶ魔術を操るほどの者はそう多くはないと思うが。だからこそ、戦いにおいて空を飛ぶ者の優位性が高いわけだからな」
「それはこちらの世界でも同じです。技術教育と飛行機そのものの費用を考えると、到底誰もが自由に空を飛べるわけではありません」
戦史から兵器の話になり、リュウさんは戦いの話ならばと口を挟み、
「キツネさんが遊んでいるゲームも、ミサイルの動作制御も、機械がしてます。その機械を動かす動力が電気です。部屋の明かりも電気で点けてますし、冷蔵庫で物を冷やすのも電気でしています。電気が無ければ大抵の生活基盤が働かなくなります。そして、電気を簡単に持ち運びして利用出来る形にしたものが、キツネさんのお話に上っていた電池というものです……そろそろ寝ていいですか?」
「おお。そういえば、随分と長く話し込んでしまいました」
兵器の話から物理や化学の基礎のあたりに話が及びそうになったところで、夜が明け始めていた。
話をするのは嫌いじゃないし、理解力の高い方々なので随分と長く喋っていた。口も渇くし頭が少し朦朧とする。
「くああ。タダシ殿が寝るなら、儂も寝るかのう。二人も休むといい」
「そうか。では寝るか」
「ふむ。ならば私も休みますか。話をしていると興味は尽きないですが」
キツネさんは欠伸をしながらゲームのパスワードを記録してノソノソとベッドに、リュウさんはその場で酒瓶を枕に、ソルさんは壁に背を預けて座禅を組むように寝始める。リュウさんとソルさんはその休み方でいいのだろうか。
「キツネさん、お二方はこんな雑魚寝みたいな形でいいんですか?」
「んー。構わんじゃろ。母はすでに寝ている。ソルはあれで楽な姿勢らしいからの。奴は住処にいた時もあんな様子じゃったし」
見てみると、確かにリュウさんは大口を開けて寝息をたてているし、ソルさんはひらひらと軽く手を左右に振って問題無いことを伝えてきた。
いいならいいかと思わないでもないが、少々心苦しいような気もしないでもない。
しかし今更どうしようもないか。気にしないことにして、スマホの曜日単位で登録してある目覚ましアラームをオフにし、下着とシャツの二枚だけの姿になってキツネさんの隣に寝転がる。
「そうですか。じゃあ、お休みなさい」
「うむ。お休み」
布団を二人にかかるようにして目を閉じると、キツネさんの手が俺の手に触れる。そっと握ると、そっと握り返される。キツネさんの髪というか、頭が肩に触れたのを感じつつ、そのまま眠りに落ちた。
目がさめると昼前だった。連休初日からだらけきっている感がある。上体を起こすと、キツネさんも何かウニャウニャ言いながら起き上がる。
「朝……?いや、昼か。ふぁふ」
「おはようございます、キツネさん。今日はどうします?競馬もやってない休日ですが」
「どうしようかの。ううむ」
キツネさんが伸びをしながら俺の足の上に転がる。キツネさんがわさわさ動いている音に反応してか、リュウさんが空の一升瓶を抱えて起き上がり、ソルさんも壁から体を離す。
「腹が減った」
「おはようございます。いやあ、よく寝ました。久しぶりです」
起き抜けに挨拶もなく一言目が空腹の訴えってのはリュウさんらしいと思っておけばいいのか。昨日買い込んだ品々は綺麗に胃の中に片付けられたらしく、サキとタマによりゴミ袋にまとめられている。冷蔵庫の中を確認してみても、烏龍茶とキツネさんがリュウさんに手を出すなと言った買い置きしてあるビールしかない。
ソルさんも、ミイラ姿で久しぶりによく寝たと言うのはなんだか妙に思う。そんなことより、寝起きにミイラが動いているのを目にするのは心臓に悪い。
まあ、この不思議生物達への疑問やらは放り投げることにして。
「さて、リュウさんもこう仰ってますし、飯はどうしますかね」
「んー。外に出るのも億劫じゃが、出前を頼む気分でもないのう。仕方ない。とりあえず近場で適当に済ませるかの」
ベッドの上であぐらをかいて寝癖だらけの髪をタマに整えられながら、キツネさんは気怠げに言った。