キツネさん、煽られる
弁当を食べ終わり、サキが容器の後処理をし、未使用と変わらないだろう容器の仕上がりの見事さを確かめる。
「いい仕事してますねー」
あぐらをかいた足の上にサキを乗せながら、仕事の美しさを褒める。嬉しいのか誇っているのかわからないが、サキがプルンと揺れた。
プラスチック容器のリサイクルは悩ましい。洗剤で洗う環境負荷や、燃えるごみを焼却施設で処理する時に石油製品がある程度あった方が燃焼温度が上がってよい、などの事情を考えると、汚れのあるプラスチック容器は燃えるごみに出してしまっていた。
サキのおかげで容赦なくリサイクルに出せる。
環境負荷のことを真剣に考え出すと、地球全体の人口がどうとか、自力ではどうしようもない方向に意識が向かってしまう。果てには自分の生きている価値とか考え出してダウナー思考に行き着いてしまう俺なので、ほどほどにしておこう。
ほどほどに適当に生きる。それが俺の身に付けた、ストレスを軽減して生きる人生の術である。
「お前は悩みなさそうだなあ。いや、あったりするのかな?」
『画像処理ソフトの簡易版じゃないものが欲しいです』
「……それは悩みなのか?」
職場で使っているソフトと違い、家のマシンにいれてあるソフトは簡易版だ。密かにサキを職場に連れて行くことはままあるのだが、その時に俺の操作するところを見て、処理できる仕事の広さを知ったのだろう。
しかし、それはサキ自身の悩みというより、俺の手伝いをする上での利便性の話だろう。
「いや、何か他に悩みないの?」
「娘が厳しい!酒をもっと飲みたい!」
サキに話しかけていたはずが、背後から元気よく中国語が飛んでくる。
振り返れば帰ってきていた人外三人セットがいた。ドアの開く音がなかったので、どうやらワープして戻ってきたらしい。
「十分に買ってきたじゃろうに」
「いや、あれだけ色々とあったのに三人の手で持てる量しか買ってないではないか!」
「その九割が酒なんじゃ、十分に過ぎる」
リュウさんは三人の手で持てる量とは言うが、それぞれが一番大きいレジ袋を両手に持っている上に、リュウさん自身は両手で計四袋も持っている。これはまた一気に買い込んで来たものだ。レジの人の苦労が偲ばれるな。
ソルさんはミイラっぽい姿が、中東のイケメン風味に様変わりしている。と思ったら、またミイラに戻った。出来ればそのままイケメン風味のままで居てくれないものだろうか。
持ち帰った荷物を適当に置いて、今度はソルさんも加え、三人は早速再び飲み始めた。それぞれ違う酒の封を開け、おつまみをテーブルに広げて、わいわいと言葉を紡ぐ。
「揚げ物にはこれじゃの」
「うははは。安くて大量に飲める酒とは。いいところだな!唐揚げも美味い!」
「僅かなゴミも浮いていない。よく管理されているようですね。悪くない味だ。これで安酒とは」
キツネさんはビール、リュウさんは大きいペットボトルの焼酎、ソルさんはワイン。ソルさんだけ陶器のコップを使っている。うちにはワイングラスなんてものはないから。リュウさんはでかいペットボトル酒を直に口にする。その姿はアル中のようだ。
「酒のためだけに、こちらに移住してもいいような気がしてきた!儂も住んでよいか!」
「母よ。せめてこちらの常識を身に付けるのと、異世界で自身の仕事の引き継ぎくらいはしてからじゃ。儂もまだゆっくりと学んでいる最中であるというのに。何より、新婚の家に邪魔するでない」
「酒だけ送ってくれてもいいがな!狭い家に居座るのも確かに邪魔になろう!」
「狭いは余計じゃ。失礼な。明日には送り返すからの」
帰ってきた当初の微妙な雰囲気も抜けてきたのか、キツネさんはリュウさんを母と呼んだ。それを茶化すこともなくリュウさんはケラケラと笑う。
どうやらリュウさんは明日には帰ることに異論はないようだ。
「様々なものに商品の説明がつけられて売られている。いやはや、こちらの言葉を習得するのが私も楽しみになってきました」
「ソルには儂から頼みごとをしている立場じゃからの。細かい出費は儂が持つ。寝泊まりは……」
「夜は外を適当にふらついてますよ。お二人の邪魔はしません。建物一つや道行く人を観察するのも興味深い。幸い、私の正体を見抜ける者も確かにいないようですし」
「連れて来てなんじゃが、その、助かる」
「警邏に見咎められないように気をつけましょう」
ソルさんはこちらにしばらく滞在するようだ。魔人が夜中うろつくとか、文字面がヤバい。俺は日本人として対策を立てるべきなのだろうか。まあ、どうしようもないのでキツネさんにお任せするしかないのだが。
サキを枕にしてベッドで三人のやりとりを眺めていたら、俺の前にキツネさんが移動してきた。
「すまんの、先触れもなしに人を引き込んでしまって」
「構いませんよ。問題はないのでしょう?」
「厄介事などないし、起こさせんよ。儂とタダシ殿の平穏を邪魔などさせん」
キツネさんは優しく笑って、俺の肩へ撫でるように手を置いた。
「夫婦生活は邪魔しているようですまんな!じゃれつきたいだろうに!」
「親が言うことか、たわけ!なんなら一つ営みを繰り広げて見せてやろうかっ!」
「元気ですねえ」
リュウさんが煽り、キツネさんが乗っかり、ソルさんはのほほんとしている。
さすがにそれは勘弁して頂きたい。