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キツネさん、突っ伏す

 飯を食べようと思ったのだが、帰ってくるまでの時間を考えるとキツネさんもまだ食べていないはず。

 ビールをあおり、常備するようになった冷凍枝豆をつまんでいるが、他に食べなくていいのだろうか。


「キツネさん、他に食べるものは必要ないんですか?」

異世界あちらでいくらか食べてきた。今は酒だけでよい」

「帰ってくるまで一時間とかかってないのに、食べてきたんですか」


 キツネさんはよく食べ、よすぎるほど飲む人だけども、早食いというほどではない。

 はて。娘さんに話をしてリュウさんを連れ、ソルさんを強引に連れてきたとして、時間が少々早すぎやしないか。

 俺が疑問に感じていると、キツネさんも不審そうに俺を見た。


「む。こちらに帰ってくるまでに三日はかかったのじゃが……?」

「え。いやいや、キツネさんが行って帰ってくるまで、えっと……」


 時間を確認するためにスマホを取り出す。キツネさんが帰った時間は確認していないが、仕事終わりから今までの時系列順の出来事を思い起こして、かかった時間を逆算する。

 スマホの表示する日付をキツネさんに見せながら、おおよその時間を告げる。


「三十分くらいだと思いますよ?何日も経ってはいません」


 はて、とキツネさんが眉間に皺をよせ。

 ほう、とソルさんが興味深そうに呟き。

 くは、とリュウさんは酒を飲み続ける。


「確かに日付はタダシ殿の言う通り……うーむ。あちらとこちらを往来するにあたり、時間経過のズレが生じた、ということじゃろうか。いやしかし、儂があちらに帰った際には、こちらで過ごした時間と同じく一月ほど経っておった」

「魔術は心のあり方に影響されます。容易く使い慣れた術であればともかく、世界を渡る術という大掛かりなものともなれば、キツネさんといえども術の結果のブレも大きくなっておかしくはないでしょう」

「お代わり!」

「やかましい!」


 どうやらキツネさんの体感時間では日単位だったのは確からしい。

 術の副産物を真面目に考察しようとしたキツネさんとソルさんの空気をリュウさんがぶち壊す。


「キツネ、小難しい話は後にしてくれ。美味い酒は頭を空っぽにして飲みたい」

「ふん。飲み方には同意するが、その美味い酒はもう出さん!儂が土産に持って行った酒を散々飲んだじゃろうに!」

「思索にふけりながら、ゆっくりと酔いを楽しむのもいいと思うんですけどねぇ」


 なんか酒談義が始まった。もういいや、飯を食うぞ俺は。

 スーパーの袋から弁当を取り出す。変哲のない唐揚げ弁当だ。プラスチックの蓋を外し、付けてもらった割り箸も袋を剥いて、パキッと二本に割る。そのまま箸を構え直して白米を口に運び、唐揚げをかじる。

 騒ぎの中心だったリュウさんが、静かになって俺の弁当を見ていてなんとも食べづらい。


「あの……何か?」

「美味そうなものを食べているな。茶色いそれはなんだ?」

「はあ。唐揚げという、鶏肉の特に珍しくもない料理ですが」

「ひとつくれ!」


 唐揚げ弁当の唐揚げをよこせとは。正常な一般日本人であれば、そこは対価として他のおかずを挙げて交渉するものだ。タダでよこせとは、お前は俺に従えという宣戦布告に等しい。


「儂の酒を散々飲んだうえに、働いて帰って来たばかりのタダシ殿の飯をとろうとするでないわ」

「いやな。さすがに普段は他人の飯を横取りしようとは思わないんだが、初めてくる場所の食べ物と思うと気になってしまってな」


 観光地で食べ物をシェアする感覚なのだろうか。それなら、まあ、わからんでもない。それに、キツネさんのためにわざわざ来てくれたのだろうし、唐揚げのひとつくらいいいか。

 箸の袋に一緒に入っていた爪楊枝を唐揚げに刺し、リュウさんの方へと差し出す。


「はい、リュウさん、どうぞ」

「おお!いいのか!?」


 リュウさんは嬉しそうに近寄って、俺の差し出した唐揚げにそのまま食い付いた。


「ん。ん。うん。何か色々と味付けがされているな。美味い!」


 お気に召したようで何よりです。

 何よりなんですけど、なんでかキツネさんが目をまん丸くして、信じられないものを見るようにしている。


「なん……なんということを」


 呻きながらベッドの上に倒れこむキツネさん。俺、なにかやっちゃいけないことしたのだろうか。


「儂もまだタダシ殿に『あ〜ん』って食べさせてもらったことないのに……」


 ……それなの?というか、したかったの?いやまあ、今まで機会がなかっただけで。キツネさんがして欲しいならしますけど。

 しかし、何からそんな知識を仕入れたのやら。


「キツネさん、何を見てそうしたいと思ったんですか」

「……少女漫画」

「なるほど。また今度、ね?」


 育ての親の前ですることでもあるまい。いじけているのか絶望しているのかわからないが、か細い声で突っ伏したまま返事をするキツネさんをなだめる。


「あっはっはっは!キツネが男に甘えているのを見るとは!」

「微笑ましいじゃないですか」

「だがっ。そうなんだがっ。馬鹿にしているわけではないんだがっ!あんなに気位が高かった娘がこうもなろうとはっはっはっはっは!」


 そんなキツネさんを見てリュウさんは腹を抱えて笑い、ソルさんは僅かに口の端を上げている。

 キツネさんはマットレスをバスバスと叩き、顔を上げるとリュウさんを睨む。


「やかましい!ああ、もう、唐揚げが気に入ったのなら買ってやるわ!酒も買いたす、ついて来い!」

「あっはっは!怒るな怒るな!酒は嬉しいな、喜んでついて行こう」

「ソルもついて来い!術で偽装すれば見破る者はこちらには居らん!」

「分かりました。それは買い物が楽でいいなあ」


 キツネさんは巫女服をはためかせたと思ったら、ジーパンにジャケットの姿になって、涙目になりながら二人を連れて玄関から出て行った。


 結局一人飯になった。モソモソと無言で飯を口に運ぶ。

 視界の端でサキとタマが並んでくっついている。見分けはつかないが。


「あ、タマもおかえり」


 片方が触手を上げて返事をする。そっちか。

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