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キツネさん、電車に乗る

 スマートフォンで時間を確認すると九時半。衣料品店が開店する時間にはまだ早い。とりあえずは近所の大手アパレルチェーンに行こうと思っていたが、いっそのこと後で行こうと思っていた新宿まで出てしまうか。

 玉子とビールの値段と牛丼屋の時給の狭間で漂っていたキツネさんが俺の手を覗いてくる。


「タダシ殿、その光る板はなんじゃ?」

「うーん、離れている人と連絡をとれる機械で、調べものとかに便利だったり、その他にも色々あるんですが、帰ったら他のものと一緒に説明します」

「それだけでも大層役に立つものだと思うのじゃが」


 スマートフォンを語るにはインターネットを説明しないといけないし、インターネットを説明するならパソコンを見せながらの方が説明しやすい。ひとまず置いておく。


「これから乗り物に乗って、店がもっと多い場所へ服を買いに行こうと思います」

「自動車に乗るのかの?何やら一人で乗るものもあるようじゃが」


 キツネさんが今言ったのはバイクのことだろう。乗り物の免許は何も持っていないので、自動車に乗るとしたらバスかタクシーになる。

 電車の移動しか考えてなかった。でも、新宿からの帰りに荷物が多かったらそれも有りか。なんにしろ、用事が終わってから考えればいいか。


「いえ、電車という乗り物です。しばらくの間、長距離移動する時はそれが主な手段になると思います。行きましょう」

「でんしゃ、とは」

いなずまの力で走る車と書きます。乗るためには切符というものなどを買う必要があります」

「いなずまの力とな!それも機械なのじゃろうか」

「電気と呼んでいます。そうですね、世の中の大抵の機械は電気を使用するものばかりです。私を含め、技術者でない者は原理をなんとなく知っているだけですが。ちなみにこれも、ですね」


 スマートフォンを見せながらそう言っても、キツネさんは驚いてはいるがいまいち腑に落ちない顔をする。


「電気……」

「ええ。電気を発生させる機械があります。電気をため込むようなものもあります。言い出しておいてなんですが、それらの原理は置いておきましょう。今はそういうものだと覚えていて下さい。私が仕事に行っている間に、キツネさんが一人で出来る情報収集を後で教えます」

「……ふむ。細かいことを気にするよりも、まずは服じゃな」


 同意を得られたので、とりあえず歩き出す。それでも信号機、横断歩道、そこらを歩くルールの説明をしながらのんびりと足を動かして。


 駅に近づく。平日の出勤通学の時間帯に比べると人の数はとても少ない。

 さて、俺は定期を持っているから、キツネさんの乗車券を買わないといけない。まずは切符でいいだろう。

 駅の乗車券自動販売機へ向かい、販売所の上を指し示す。


「電車に乗るために運賃を前払いして、利用する権利証を買います。この駅は中野駅、行き先は新宿駅です。駅と一緒に書いてある数字が利用料金です。では、見てて下さい」


 タッチパネルを操作し、千円札を入れると、切符が発行され小銭がじゃらっと払い出される。切符をそのままキツネさんに渡す。


「これが権利証、切符と言います。キツネさんの分です」

「明示された利用方法の通りに触れていき、銭を入れると出てくると。先ほど食事した所も似たようなことをしていたの」

「はい、どれも自動販売機ですね。私の切符は他のものがありますので大丈夫です。入り口へ行きましょう、駅の入り口は改札と呼ばれています」


 改札へ向かい、自動改札機を説明する。


「キツネさん、切符をここに入れて、そのままあっちへ行って、また出てくる切符を取って通り抜けて下さい」

「……ふむ、なるほど」


 キツネさんの手からシュッと切符が吸われ、通り抜け先の排出口から出てくる。

 キツネさんはゆったりと改札を通り、切符を取って数歩、こちらを振り向く。

 続けて俺も定期入れを読み取り部へかざして通り、キツネさんを先導する。


「これでよいのかの?」

「ええ、その切符は無くさないで下さい。降りた駅でも同じように使いますので」

「ふーむ」


 総武線へ向かう。新宿までなら中央線でもたいして時間は変わらないが、少しのんびりと行こう。

 エスカレーター付近で他の人が利用する様子を見せて、エスカレーターでホームへ上がる。

 電車は数分待ち、すぐ来るだろう。

 思案顔のキツネさんがため息を吐いた。


「タダシ殿、聞きたいことが有り過ぎてどうしたらいいものか。あー、切符を入れた機械は検問じゃろう。タダシ殿は何を持ってして通った?」


 システムはなんとなく理解しているようだ。

 定期入れを出し、ICカード式定期券を取り出す。


「これを入り口付近の丸い絵に触れさせると通ることが出来るんです。電車をいつからいつまで、どこからどこまでかを指定して、権利を買っている証明です。ちょっと読みにくいですが、文字が書いてあるでしょう」

「ちと見せてもらってもよいか?」

「ええ」


 渡したカードの表面をしげしげと見つめ、裏面の注意事項を熟読し、また表面を見る。


「タダシ殿はこれを入れ物に入れたままかざしておった。ならば、文字は見えぬはずじゃ。どのように検めたのか、あの機械は透視でも出来るのかの」

「原理を説明するには、どこから説明したらいいものか。カードはある種の機械のようなもので、人の目には見えないものを利用して、改札の機械と情報のやりとりをするんです」

「これが機械とな。ますます分からぬ。使われ方を見るに符術似ているようにも思えるがの」


 符術、と俺の質問するかのような呟きにキツネさんが続ける。


「うむ。術を起こす力、儂は魔力と呼んでおるが、力を紙、筆、墨などにこめ文字を書いたものでの。主に文字によってどのような術になるか決まる。改札は結界、この板は結界に阻まれぬための術符。役目はよく似ておる」


 改札が結界か。物理的にはいくらでも乗り越えられるものではあるが、確かに資格のないものを拒む結界と言えなくもない。


 近い距離でアナウンスが響く。

 他のホームのアナウンスも聞こえていたためか、キツネさんは驚くこともなく乗り物がやって来ることを察したようだ。

 俺が電車がやって来る方向に目をやると、キツネさんもそちらを向く。

 電車がじわじわと速度を落として止まるのに合わせて、降りる人の邪魔にならないように移動する。ドアが開き、幾人か降車客をやり過ごして乗り込む。

 キツネさんも特に問題なく乗車する。


 外の景色、車内広告、ドアの上のモニターディスプレイ。見るものがたくさんあったためか、降りるまでの数分、キツネさんは無言で観察していた。

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