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キツネさん、生まれを明かす

 一人住まい用のワンルームに四人。これまたなんとも狭っ苦しい。まあ今はそんなことはどうでもいいんだ、重要なことじゃない。


「えっと、どういうことになってるんでしょうか?」

「ふむ。何から話すべきか」

「キツネよ、何を言っているかわからん。わかるように話せ」


 見知らぬお客さんのことをキツネさんに問うと、答えが返る前に白い人物から横槍が入った。キツネさんは面倒くさそうに息を吐く。


「やれやれ。すまんがタダシ殿、この者らは日本の言葉に疎い。異世界あちらの言葉ではないので尚更の。声に魔力を持って意思をのせて話しておくれ。そうすれば意図は通じる」


 歌に思念をのせたように、喋り言葉にも思念をのせれば意味が通じるようだ。たどたどしくも実行してみる。


「あ、あ。えー、はじめまして」

「おう」

「はじめまして」


 白い人は鷹揚に、ミイラみたいな人は丁寧に返事をした。

 中国っぽい言語に西ヨーロッパ系っぽい言語に日本語の会話で何故か意味が通じる。魔術ってすげー。魔力を込めるせいで普通よりゆっくり話さないといけないし、微妙にしんどくもあるが。

 まあでもキツネさんの持ってきたファンタジー案件の中では、どんな相手にも言葉が通じることは大したことではないだろう。多分。そんなことよりキツネさんにお客さんのことを尋ねる。


「それで、こちらの方々はどのようなご用件でここにいらっしゃったんですか?」

「うむ。まずは、こちらの、儂のお気に入りのビールを遠慮なくカパカパ飲んでいる白い者じゃがの。以前話した龍王じゃ」


 龍王。酒の飲み比べをしたくらいしかキツネさんからは聞いていない。紹介を受けて本人を見る。


「仰々しく言われるが、ただ長く生きている老いぼれだ。龍達のおさとして王と呼ばれている」

「龍王様とでもお呼びすればいいのでしょうか?」

「好きに呼ぶがいい。キツネの伴侶ともなれば、人の王のように堅苦しくする必要もない」

「ええっと、じゃあ、龍王さん、とでも」


 未成年っぽいみかけでただの老いぼれと言われても、下手な冗談にしか思えない。


「まったく。ケチくさいことを言うな、キツネ。せっかく美味い酒なのに。お代わり!」

「穀潰しと弁えているなら、もう少しゆっくり味わって飲まんか」


 しかし、見た目からはどれくらい歳をとっているのかはわからないが、キツネさんと飲み友達のように接しているところからして、人外度合いはそれなりなのだろう。龍王と言われているのに龍らしい姿でないのは仮の姿なんだろうか。本来の姿があるならばぜひとも見てみたいものだ。

 それよりもまず聞きたいのは何故ここにいるかなんだが、まさか酒を飲みに来たわけではないだろう。視線に疑問をのっけて再びキツネさんを見る。


「順を追って説明するとじゃな……」


 ビールのお代わりを用意するキツネさん曰く。

 キツネさんの娘さんに、惚れた男ができたので夫婦になろうかと思うと報告した。娘さんはやや呆れつつも、めでたいことだと言ってくれた。ただ、異世界に連れて帰る前に、俺という人物を見定めたい。たまたま遊びに来てたキツネさんより強い龍王さんに、娘さんはその旨を頼み、龍王さんは快諾した。らしい。

 一般庶民に対して偵察戦力が過剰な件について。


「王と呼ばれる人にわざわざ見定められるような、立派なものじゃないんですが……」

「見ればわかる。キツネを無理矢理に組み敷いて夫婦になったわけではないこともな。あっはっは」


 引き気味な俺の声に、龍王さんが笑って応える。

 まあ組み敷かれたのは俺の方なわけで。無理矢理……ではなかった、かな?

 なんとも言えず、弁当をテーブルに置いて床に座る。キツネさんを見ても半笑いのまま微妙な顔を維持したままだ。


「娘にも言ったのじゃがの。タダシ殿は何も危険な男ではないと」

「全くだな!しかしキツネよ。やけにしおらしいな!惚れた男の前だからか!」

「……ふん、やかましいわ」


 確かに、キツネさんはしおらしくしているというか、妙におとなしい。しかし、俺の前だからとおとなしくしているような人でもない。知り合いに恋人を、もしくは恋人に知り合いを紹介するのが、少し気恥ずかしいといったところだろうか。


「昔は母様と呼んでくれていたのに。もう少し愛想よく、タダシ殿に紹介してくれてもよいのではないか?」

「昔過ぎて覚えておらんわい」


 悠然と笑う龍王さんに対して、キツネさんは鬱陶しそうに投げやりに応える。

 ……今何て言った?


「聞き間違いでなければ、母様と聞こえたんですが」

「おう。キツネは言葉をろくに解せぬ頃に拾ってな。親と言っても育ての親だ」


 キツネさんの子供と会うだろうと思っていたら親が来たでござる。親御さんに挨拶とか全然考えてなかった。

 キツネさんの親は亡くなっているものと思っていた。いや、言葉も覚束ないうちにキツネさんが拾われたということを考えると、実の親は早々に亡くなっているのだろう。そういえば、生まれのことを聞いたことがなかったな。


「キツネさん、大陸の生まれだったんですね」

「まあの。大陸の東の生まれじゃ。言っておらんかったな、忘れていたわ」

「キツネよ、生まれも話していないのか。ならば育ての親のことも話していないのも当然か。それはともかくお代わり!」

「ええい、親というなら子が稼いだ金で買った酒を遠慮なく大量に飲むな!その酒は少し高いんじゃ!」


 キツネさんは不意の育ての親の訪れを持て余して微妙な顔をしていたんじゃなくて、酒の心配をしていたのだろうか。カラカラ笑う龍王さんに、いつか俺が言ったような文句を言いながら、ふてくされたような顔をして再びビールを渡す。

 しかし、義理とは言えキツネさんの親かあ。見た目年齢的には妹って感じである。龍だからだろうか、胸に膨らみが全くなく、男らしささえ感じられる言動も相まって女性と判別するのが難しい。子育て風景が想像できない。


「育ての親ですか。お義母かあさんと呼んだ方がよかったですかね」

「ははは!構わんぞ!子の伴侶がただの人の子というのは初めてだな!」

「他にも子供がいるんですか?って、いても不思議じゃないか。キツネさんにとっては義兄弟になるのかな」

「おう。儂が産んだ子は当然に龍だが、拾って育てたのはキツネ以外にもいる。風変わりなのに亀と鳥と虎がいるな」


 キツネさんは大陸の東の生まれと言った。つまりは中国だろう。現に龍王さんの話す言葉はそっち系っぽい。大学で中国語をとった程度ではあるが、それくらいならわかる。

 中国で龍の下に亀と鳥と虎。これは。


「風変わりな亀と鳥と虎ですか」

「亀は尻尾が蛇のようになってしまっているし、鳥は火を纏っているし、虎は白子でもなかったのに真っ白くなってしまってな。キツネといい、己のことながら妙な子ばかり育てたものだ」


 どう考えても玄武に朱雀に白虎です。本当にありがとうございました。その上にいる龍って黄龍じゃねーか。なにこれ怖い。

 神マークのネタシャツがマジもんの神級の存在に着られているのは笑っていいのだろうか。王と呼ばれているってことは、異世界ではそれほどの扱いでもない可能性も……ないな。人の王に謙られているようだし。


「兄上達は息災かの?」

「元気にやっているようだ。なんだ、儂が育てたことは忘れたと言いながら、兄弟のことは覚えているのか。近いうちに夫婦揃って顔を見せに行くといい。彼奴らも喜び、祝ってくれることだろう」

「……やかましいわ。言われんでもそうするつもりじゃ」


 俺の手には変な汗が出てきたが、楽しそうに笑って酒を飲み続ける龍王さんの言葉からすると、どうやらキツネさんとの仲は認められたようだ。

 そして娘さん以外にも色々な方々と会う予定らしい。少し不安になったが、きっと大丈夫だろう。ふてくされながらビール缶をあおるキツネさんは、義理の兄に言及する際に表情をわずかに和らげていたから。

ようやく風呂敷が広がってきた

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