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キツネさん、予定を立てる

 秋葉原の電気街口方面にも居酒屋はあるが、昭和通り口方面の方が色々な店があるように思う。そんなことをキツネさんに説明しながら、以前知り合いに連れられて行った店へ向かった。

 店に着いて暖簾をくぐる。店主さんに二名であることを告げ、俺はテーブル席の通路側の椅子に座り、キツネさんには壁側の席を勧める。休日だからだろうか、二十に届かない程度の席数のうち、先に埋まっていた席は三つほどでしかなかった。キツネさんの美しさに見惚れたのか、陽気な男達の声が少し静かになった中で、メニューをキツネさんに見やすいように広げる。

 二人で頭を突き合わせるようにしてメニューを見るかたちになったのだが、テーブルにのっかる俺のおっぱいが邪魔くさい。見て触るぶんには幸せな物体なのだが、自分についているとなると巨乳とはなんとも鬱陶しい。店に入る前に戻してもらうべきだった。

 内容をざっと確認したキツネさんは、感心するように息を一つつく。


「この店は随分と安いのう」

「そのかわり、店員さんが店主さんだけなんで少し注文が出てくるのが遅いんですけどね。でも、安くて味はいい方ですよ」


 生ビールのグラス500円位が相場のところを、この店は400円を切る。店をやっていけるのか心配になるレベルだ。

 おしぼりを受け取りながら、まずは生中を二つに、メニューを眺めながら手早く出てきそうな煮物と枝豆などのつまみをいくつか、それに串の焼き物セット二人前を注文する。

 さほど待たずに生中とお通しのたこわさがやってくる。お通しにちゃんと酒のアテになるものを出してくるのも良いサービスだ。二人とも冷たいグラスを軽く持ち上げ、端を合わせて控えめに乾杯し、喉を潤す。


「いい店じゃ。キンキンに冷えたグラスで発泡酒でない生ビールをこの値段で出すとは」

「このあたりはこういった店が少なくありません。激戦区なんでしょうね」

「安い分、儂が飲んでしまうから支払いは変わらんじゃろうがの。お兄さん、生中お代わり!」


 俺にはビールや発泡酒の違いはよくわからないが、キツネさんは香りや味わいの違いがよくわかるらしい。キツネさんはグラスの八割を一気飲みし、次を注文する。残りの二割で次の一杯が来るまで繋ぐ。

 とてもいい笑顔で店主さんに注文したキツネさんは、俺に顔を向けると真面目な表情になった。


「今朝に話していた、子づくり……と言うか、儂とタダシ殿との夫婦の契りに関して、異世界あちらに面通ししてもらう話なのじゃがの。一旦、儂だけで戻って少し話をして来ようと考えておる」


 同居の婚約者が実家に一時帰るという。真面目にもなろうという話である。話の続きを無言で頷いて促す。


「近く、タダシ殿はゴールデンウィークとかいう連休があると言っておったろう。その、連休の前日に異世界あちらに帰ろうと思うのじゃ」

「俺も一緒に行く必要はないんですか?」

「当然、いつかは一緒に行って欲しい。ただ、異世界あちらとこちらの往来に再び穴を開かねばならん。無事に出来るはずじゃが前例のないことなので、繰り返して安全を試さんことにはタマ以外の者を引き連れて行く気にはならんのでな。万が一のために用心に用心を重ねて悪くはあるまい」


 自信がないわけではない。多少の不具合があろうとも、キツネさんとタマだけならばどうとでも出来るが、俺という不確定要素を含んで行うには安全を保障しきれるかどうかということらしい。それさえも万が一ということのようだ。


「何故ゴールデンウィークかというと、タダシ殿の通勤の送り迎えはきっちりせんといかんからの。連休中は精一杯タダシ殿と楽しく過ごそうと思っておったが、仕方あるまい」


 キツネさんは心から残念そうに言う。何を精一杯楽しむつもりだったんでしょうか。ゲームのレベル上げではなさそうですね。

 キツネさんの世界間の行き来と、俺の家と職場の行き来を天秤にかけた結果のようだ。秤にかけるものが激しく間違っていると思う。


「キツネさんが構わないなら、俺に問題はありません。気遣ってくれてありがとうございます」

「これも、儂とタダシ殿との子供のためじゃ。儂がしたいだけのこと。礼を言われることではなかろうよ。ふふ。まあ、どういたしまして、と言っておこうかの。しかし、お互い久しぶりの一人寝になりそうじゃの」

「それは寂しくなりそうですね」

「ふふん。数日はのびのび寝るとよい」


 キツネさんは小生意気な子供を余裕しゃくしゃくに見下ろすような笑みを浮かべて、残りの二割を飲み干す。そこへ丁度お代わりと煮物がやって来た。

 煮物をつつきながら予定を聞く。椎茸が美味い。


「どれくらいでこちらに戻る予定なんです?帰ったらやらなくちゃいけないことが溜まってたりはしないんですか?」


 長期休暇明けにたまった仕事に奔走するはめになるのは、ままよくあることだ。キツネさんの立場としてはどうなるのだろうか。仕事があるようなら、すぐに戻るというのが難しくなるかもしれないし。


「少なくともタダシ殿の休みが明けるまでにはこちらへ戻るつもりじゃ。仕事なども、儂がいなくて少々面倒な程度じゃ。年寄りに頼りすぎるのも良くないからの、丁度良いじゃろう」

「儂は乙女じゃ!とか言ってませんでしたっけ?」

「いろんな意味で乙女ではなくなってしまったからのぅ。あっはっは」


 おっさんみたいな冗談を言いながら、キツネさんはカラカラ笑いながら二杯目のビールもくいっと八割飲んで再びお代わりコールを上げる。

 キツネさんは年金を貰いながら気ままに仕事を受ける職人のような扱いなのだろうか。いや、何ものも関係なく気ままではありそうだが。


「ただ、一月近く離れるつもりでもなかったのは確かじゃからの。何か面白い土産でも持って帰るか」

「大抵は面白い土産になると思いますけどね。元々の予定は何日くらいの日程だったんです?」

「十日ほどと言って出て来たが、まあ、これくらい誤差じゃよ誤差」


 それは誤差で済むのだろうか。

 肌色の多い漫画を土産にでもするかのう、とふざけたことを言って上機嫌に酒を楽しむキツネさんには、まるで気にした様子はなかった。

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