キツネさん、アレなゲームを知る
かなり時間をかけて店の中を探索していたようで、外に出ると既に日が落ちていた。素通りしようと思っていた最後の一階で、買った物を家に転送して身軽になったキツネさんがアダルトビデオソフトのパッケージをじっくりと見て回っていたのも時間がかかった原因だろう。
「世界は広い……」
暗い空を見上げながら何やら哲学的っぽいことをのたまっている美人がいるが、内容は各アダルトビデオメーカーの企画内容についてである。まあ人の三大欲求の一つについての考察と言い変えれば哲学にふさわしくはある、かもしれない。
「満足しましたか」
「うむ。電車の中でしたり、マジックミラーとかいうもの越しにしたり、鼻を猪のように吊り上げたりなど、何が楽しいのかよく分からないものも多かったがの」
「はあ」
分からなくていいです。楽しめたなら何よりです。
ただ、他に商品を見定めている男性客の方々がなんとも居心地が悪そうにしていたのには申し訳なく思う。キツネさんも気配弄りっぱなしでいてくれたら良かったのに。
せめて俺が女性の姿となっていて、バカップルのイチャつく光景を晒さなかったのと、歩くたびに揺れる胸部装甲を目の保養とすることなどによって勘弁して頂きたい。
男共の視線が分かりやすいほど俺の胸に刺さるものの、俺がその表情を見るとそそくさと顔を逸らしていた。中身が男の身としては視線に気持ち悪さを感じるよりも、詐欺をしているような気持ちになった。すまぬ。すまぬ。偽物なのだよ。明日にはもうこの世のものではなくなっている巨乳なのだよ。
「さて、ちと早いが飯時かの」
「そうですね。でもその前に、ファミコンとかの古いゲームを売っている店を紹介しておこうかと思います。うちの近所の店以外にも知っておけば便利かと」
キツネさんと語らいながら中央通りまで出て、横断歩道の赤信号にひっかかる。店の中にいたときよりやや速く歩いていたのだが、胸が揺れる揺れる。人の多い場所に出て分かったが、男に限らず女性にも結構見られている気がする。ノーブラだからだろうか。
そういえば。
「キツネさん、胸が揺れると痛いと聞いていたんですが、俺は痛みがないんですがどうなっているんでしょう」
「普通の女子より筋肉マシマシアブラ少なめでやや固めになっとるからの。他にも小細工はしておるが」
どこで覚えてきたの、そのフレーズ。俺はその手のラーメン屋に手を出したことないんだけど。
しかし、さっき触ったときは充分柔らかかったんだけどな。再確認しようにも街中でがっつり揉みしだくわけにもいかず、控えめに胸に手を当ててほえ〜と間抜けな声を出していたら信号が変わった。
中央通りを渡って脇道に入る。女二人だからか、ここらに多いビラ配りの体をした女性の客引きから声がかからない。鬱陶しくなくていい。
中古レトロゲーム屋の入り口まで来て店には入らず場所だけを紹介し、再び中央通りに戻る。金券ショップの前の横断歩道を渡り、横道に入ってもう一つの目当ての店の場所を教え、翻って再び中央通りへと向かおうとして、キツネさんが立ち止まった。
「やたら漫画かアニメの宣伝が多いようじゃの。これとか」
電機系の大手小売チェーン店の壁面で、大きく展開された広告を指差す。可愛らしい女の子が何人か描かれたものだ。
キツネさんの表情には、昼に見たぶん殴りたくなった女のような嘲る雰囲気はなく、純粋に興味を示しているようだ。
「しかし、売り文句が微妙にそれらのものと考えるには妙なところがあるような」
「……ゲームの広告だと思います」
「ふむ、ゲームか。言われてみれば、中古本屋にも美麗な絵が描かれた箱がゲームソフト売り場に置いてあったの。しかし、何か言いにくいことでもありそうな物言いじゃな、タダシ殿」
「えーとですね。多分、これは成人向けのゲームです。率直に言いますと、エロい要素のあるゲーム。略してエロゲーですね」
エロゲーの広告がここまで堂々と街中に展開されているのは秋葉原以外にあるのだろうか。あってもなくてもいいが、なんにしろ異質な街であると思う。不倫をテーマにした昼ドラなんかにも同じような違和感を覚える。いや、そういったところで性的なものが横行しているのに、性的なことに関して口にするのが憚られる文化に対してだろうか。
キツネさんとの交流ではそんなもん全てうっちゃっている俺が偉そうに言ったことでもないが。
「エロゲー。そういうのもあるのか!」
「そんな大したもんじゃないですよ?」
実際売れたエロゲーの多くが、ストーリーがいいだのゲームとして楽しいだのというところがあるように思う。しょうがないことだろう、エロさはわざわざゲームに求めなくても他に色々とあるのだ。
ゲームに求めるのは、まずゲームとしての楽しさだろう。例えば、脱衣麻雀の楽しさなんかはクリアしてエロい絵を拝むことというより、エロい絵を拝むまでの過程を乗り越える達成感にあるように思うし。
まあ、エロさとゲームの楽しさが融合できているものもあるけども。
「ふむ。そうは言っても興味がわいた。タダシ殿はエロゲーは持っているのかの?」
「……持ってますけどね」
「では、いずれ遊ばせてもらうとするかの」
「いやあ……あれはどうだろうなあ……」
持っている。持ってはいるのだが、さすがに女性に見せるのは憚られる。エロゲーの中でも少しマニアックであろうし。でもキツネさんは普通の女性じゃないしなあ。
少し引きつったように笑いながら応えた。
「まあ、いいです。キツネさんがプレイして俺を嫌いにならなければいいんですが」
「ふむ。逆に儂は興味が増したがの。そう滅多なことではタダシ殿への想いは変わらんぞ?」
キツネさんは自信満々だと言わんばかりに不敵に笑って、俺に挑発的な流し目を送ってくる。嬉しいやら、ありがたいやら、微妙に小っ恥ずかしくもありつつ、なんだか楽しくて吹き出してしまった。
「ははっ。ありがとうございます」
「うむ。いやはや、動画サイトに漫画、ゲームにそのほか色々と楽しいものには事欠かんのう」
「キツネさんの気にいるものがもっと見つかればいいですね。さて、目的も果たしましたし、飯にしますか。ちょっと歩けば居酒屋が多い場所があるんですよ」
「おう!酒も食べ物もまだまだ知らんものがたくさんある。この世界に来て、楽しくてたまらんの」
キツネさんの手を握って歩くのを促す。キツネさんは俺の手を握り返し、勢いつけて大きく振り出して歩き出す。少しバランスを崩した俺を見て、キツネさんは明るい笑い声を上げた。
個人の感想です。異論は認めます。