キツネさん、オモチャを買い込む
キツネさんが落ち着いてくれたのはいいんだが、色々と気になる発言があった。しかしその前に。
「注目されちゃってるんで、どうにかしてください」
「む。すまん」
言うが否や、俺達に向けられていた視線が霧消する。
魔術をほんの少し操れるようになって理解できるようになったが、相変わらずキツネさんの魔術は恐ろしく早く、静かだ。キツネさん曰く基本的な魔術の一つである小さな火を操る魔術、それだけでも俺がこの練度で操れるようになれるものだろうか。
さておき、周囲の商品を見渡しつつゆっくり歩きながら問いかける。
「それでですね。俺がキツネさん以外の女性と関係を持っても構わないと言ってるように聞こえたんですが」
「タダシ殿もハーレムものの漫画を持っておったし、嫌いじゃなかろう?何人もの女子を相手にしたいと考えるのは男の性じゃからの」
キツネさんはバイブの展示品に近づき、背に手を組んで商品を物珍しそうに眺めながら、さも当たり前のことのように言う。
どうにも文化のギャップか、男女関係の意識に差異があるようだ。というか、いい加減にエロ漫画の話題から逸れてください。
「いや、偉い人だったり財力のある人だったらそういうのもアリだとは思いますが、今の日本の女性は普通なら怒りますよ」
「狭量じゃのう。儂はタダシ殿を束縛するつもりはないがの。先ほどはつい慌ててしまったが、変わらず想ってくれるならば儂は構わんよ。儂が稼ぎなどに行っているときには、タダシ殿は好きなように遊べばよい。さらに言うなら、儂とともに過ごせる女じゃと尚よいかの」
展示品のバイブを持って硬さを確認するように、くにくにと肉厚のシリコンを弄りながら「儂とともに過ごせる女」と言い放つのはどうにも淫靡に感じる。しかし、キツネさんの場合だと百合百合しいというか雄々しいというか、奇妙な雰囲気である。何が奇妙って色々と奇妙だけど。
「しませんってば。キツネさん以外の女性に目……くらいは向けるかもしれませんが、手を出したりしないですよ。というか、キツネさんに稼がせて他の女性と遊ぶってダメ人間じゃないですか」
「たとえタダシ殿が儂のせいでダメ人間になっても、儂が責任をとって養うから安心するがよい。タダシ殿が働かずに他の女に手を出すようになったら、生活面という意味では否が応にも儂が一番の女になるのう。ふふ」
「……なんか言ってることが怖いですよ?」
「怖いかの?それはいかん。タダシ殿に怖がられたくはないのう」
キツネさんは微笑しながら「何が怖いのかよくわからんが」などと言いながら、買物カゴをとってバイブを放り込む。買うのか。俺が使われる側じゃないよな、それ。微妙に病んでるような発言と相まって、色々と本当に怖いんですけど。
「儂が今のところ望んでおるのは、タダシ殿とできるだけおもしろおかしく過ごせるよう、これまでと同じように生活が続くことじゃ。要はそれだけのこと」
「はあ。まあ、俺としてもキツネさんとの生活が続くってのは、この上なく幸せですけどねー」
キツネさんのご機嫌に揺れる尻尾の後ろについてフロアをうろうろしていると、本日の目的の物、アナルプレイ用のグッズ置き場に着いた。
材質、長さ、形状を確かめて、必要であろういくつかのものをキツネさんの持つカゴに入れていく。おおよそ選別し終わって、手を止めて軽く息を一つつく。腰に手を置いてキツネさんの表情を伺うと、興味深そうにカゴの中を覗いて微笑んでいた。
持っている物がモノなだけに、笑顔の裏に何を思っているのか妖しく見える。
「キツネさん、選び終わったんで、会計済ませちゃいますよ。何か他に見たいものでもありますか?」
「おう、そうか。今のところ、この階にはもう特にないかの。では支払いをしてくる」
キツネさんは花が咲き誇るような笑顔で店員さんに「お願いしますっ」と元気にカゴを渡し、さっくりと会計を済ませる。店員さんの目に少しだけ動揺が垣間見えた気がするが、その程度で抑えるあたりプロである。いや、この店では女性がこの手のものを買うのもさほど珍しくないのかもしれない。
「目的は達成したわけですが、まだ見てない他の階も見て行きますか?と言っても、見ていないところは次の階の二階で終わりですけど」
「もちろん見て行く。儂らが使う、使わないに関わらず、色々と興味深いのは確かじゃからの」
ノリノリのキツネさんを先頭に二階へ下りると、人と同じ身長を持つ人形の出迎えを受ける。何故だか裸ワイシャツである。
「これは人形か。人によく似せてある。何のための人形か聞くのは、今更というものかの」
「そうですね。そういう人形です」
「しかし、高いの!こう値が張っているのを見ると触れてみたくなるのう」
「まあ、色々と手間がかかってるんでしょう」
正直なところ、買う買わないは別として俺も触ってみたくはある。残念ながら、展示されている人形はガラスケースの中なので触れない。
さすがにキツネさんも触ってみたいという程度では買わないようで、他の商品を物色していく。二階は男性用女性用それぞれのライトなアダルトグッズが色々と置いてあるようで、キツネさんにあちこち簡単に解説を交えて案内したのだが、何故かキツネさんは使い捨てのスタイリッシュなデザインのオナホールを買っていた。
「どうするんです、それ」
「使うに決まっておろう」
「キツネさんがですか?」
「そのつもりじゃがの?」
毎日一緒に過ごしている相手が、一人遊び用の大人の玩具を伴侶の前で堂々と買う姿に、俺は何と言ったらいいものやら。キツネさんも男として満足したいのだろうか。
深く考えるのはやめて、さっさと一階への階段を下りた。
(本棚の氏家ト全作品を見つつ)うん、全然R18には引っかからないな!