キツネさん、揉む
立ちくらみがした。少しよろけたところをキツネさんが支えてくれる。
「おっと。大丈夫かの、タダシ殿」
「ええ、すいま……」
すいません、と言い切らずに言葉を止める。
おかしい。声がまるで自分ではないようだ。妙に音程が高い。
それに、髪が急に長くなってる。禿げちゃいないが短くはしていたはずで、前髪が視界に入るほどの長さはないはずなんだが。
というか、立ちくらみ特有の血が急激に移動する感じがしない。そんなに待たずにキツネさんから離れて、しっかり立てる。頭もしっかり回っている。
キツネさんを見ると、キツネさんにも違和感を覚えた。キツネさんの頭の位置が低いような。
「なんか声が変だし……キツネさんは縮んでるように見えるし」
「儂が縮んだのではなく、女になったタダシ殿の背が伸びたのじゃ。男を女の体にするには、縦に伸ばして横を縮めるのが手っ取り早いのでな」
「女になったタダシ殿とおっしゃいましたか」
「儂が女にしたんじゃがの」
女になってみたいと思ったことがあるとは言ったが、言ったそばから女になるとは到底思ってないわけで。
そういえば胸が重い。足元が見えないほど胸元になんか肉がついてる。重いわけだ。
「……えっと。戻れるんですかね、これ」
「戻りたいなら、すぐに戻そう。いつでも出来る」
「……そうですか」
コスプレ衣装を売ってるフロアだから、たしか試着室があったはずだ。鏡もあるだろうと思って向かってみれば、試着室の入り口のカーテンは開かれていて、使用者のいない狭い空間の奥には鏡がちゃんとあった。
なんか男物の服を着た、ショートカットで若くておっぱいの大きいそこそこ美人な娘さんが映っている。
手を上げてみたり、頭を傾げてみたりすると、鏡の中の娘さんも左右反対に同じように動く。なんですかこれ。
「なんですかこれ!?」
「おおう。どうどう。声が大きい声が大きい。というか驚くのが遅いのう」
つい思ったことをキツネさんに向いて叫んでしまった。
再び鏡を見る。
「うーわー。本当に俺が俺じゃねぇ……お湯を被れば元に戻るとか、そんなことはないですよね?」
「別に呪われた泉の水を被ったわけではなかろうに。まあ、七面倒じゃがそのようにできなくはないが」
「できるんですか。いや、しなくていいですけども。うわー。おっぱいでけー」
鏡に映った娘さんがムニュムニュと胸を揉んでいる。両手で両乳房を鷲掴みしているのだが、収まらないどころではなく指の間から溢れている。やわこい。
誰に憚ることなく巨乳揉み放題という、男の夢がここにある。何カップだこれ。
「しかし、なんだってこんな巨乳に」
「スタイルの良い姿にしようとすると、肉が余るでな。面倒じゃから胸に仮置いた」
「さっきも言ってましたけど、質量そのものの増減をする変化は、より手間がかかるってことなんですか?」
「そういうことじゃの。省エネというやつじゃ」
胸部装甲は換装兵装のための予備の流用であると。いや、デフラグかもしれん。すっきりまとめるとこうなるという。自分で何を言っているのか、よくわからなくなってきた。
「しかし、歳まで変化していますが」
「若い体の方がよく動けるからの」
特にキツネさんの趣味とかではないようだ。変なところで合理的というかなんというか。この張りと柔らかさという矛盾を兼ね備えた双球を求めて、何百万という金を払って整形手術までする女性がいるというのに、何も深い意図はなく生み出されたということだ。なんと罪深い。
これ、モグリの整形外科手術を請け負ったら一日で数千万で稼げるんじゃ。いや、キツネさんが本気出したらその程度じゃすまないか。俺に気を遣って、こちらの世界に大きな影響を与えない範囲で稼ごうとしているだけだ。
「この辺りにあるのは下着の類かのう。ガーターベルトとストッキングの類だけじゃが。はて、下着の店で一つ買ったことはあるが、下着なのかどうなのか。着けて見せるとタダシ殿は喜んでくれていたの」
俺にとんでもない変化を起こしたことなどキツネさんには瑣末なことらしく、アダルトグッズ店で自分のノーブラのおっぱいを興奮気味に揉みしだいているという様々な意味で危ない女を放って、商品を物色していた。独り言のように俺の性的嗜好をだだ漏れにしないで頂きたい。というか、大抵の男は喜ぶと思いますけど。
「タダシ殿、女になったついでに、この辺りのセクシーな衣装も身に付けてみるかの?」
「女になってみたいとは言いましたが、男を誘惑するつもりなんてさらさらないですよ」
「男ではなく、儂を誘惑するとか」
「誘惑されたいんですか?」
女が女を誘惑してどうしろと。俺の内面は男だけども。
いや、今俺を女に変化させたように、キツネさんが男として機能するよう変化して、キツネさんは女性を孕ませた経験があると言っていた。
これは貞操の危機なのだろうか。
「ふむ。誘惑されたいかと言われると、なんと返せばよいものか。タダシ殿に女の体で誘われるならば、喜んで一物を生やして相手するのじゃがの。タダシ殿が持っておる漫画でも、そのような話があったのう。いや、あれは薬で一物を生やした女が、歳若い男を女にして押し倒すような内容だったかの」
どうしよう。ちょっと乗り気っぽいですよ、うちの奥さん。ニコニコ笑いながらハードルが高いことをおっしゃってるんですけど。
なんて返したらいいものやら無言で考え込んでいたら、キツネさんが背後から囁き声で耳をくすぐりつつ胸に手をまわしてきた。
「タダシ殿」
「ちょ、ちょっと、捏ねくり回さないで」
「迷うくらいなら、一度試しにどうじゃ?」
「キツネさん、迷ってるわけじゃなくてぇ」
通路を店員さんが通って行ったんだが、スルーされてるのかキツネさんが気配消してるのかわからん。
つか、ヤバい。色々と、なんというかヤバい。
「勘弁してくだ、さ、い」
「ふむ。勘弁してやろう」
ようやくキツネさんの魔の手から解放され、はぁはぁ言いながら膝に手をつく。やけに敏感だったが、その辺もキツネさんに弄られているのだろうか。それとも女体だとコレがデフォルトなのか。聞きたいけど、再び弄られそうで怖くて聞けない。やっぱり若かったり巨乳なのはキツネさんの趣味じゃないのかと疑ってしまう。
しかし、傍から見たらアダルトグッズ店で女二人が文字通り乳繰り合いである。見る分には大変楽しいんだが、痴態を人前で晒すとか本当に勘弁して下さい。なんで羞恥プレイさせられてるんだ俺は。
「下着の類は下の階にあるようじゃの。ほれほれタダシ殿、行くとしよう」
「俺は着ませんからね?」
「あっはっは。楽しみじゃのうタダシ殿」
「ちょっと、聞いてますキツネさん?着ませんからね!?」
そそくさと逃げるように階段を降りるキツネさんを早足で追った。