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キツネさん、秋葉原でデートする

 秋葉原は基本的に買い物をするための場所である。東京観光の一つとしてちょっと見て回るくらいならともかく、わりかし近場に住むサブカルチャーに興味が薄い人がデートする場所として選択するにはあまり向かないと思う。女の子を連れてメイドカフェなんぞに行くのは以ての外だろう。ゲームセンターなんて秋葉原が直近でない限り選択する意味がないし。カラオケも同様。あえて秋葉原を選択するよりかは、渋谷新宿を選択できるならそちらの方がいいと思う。

 なんでそんなことを考えたのか。目の前を歩く大学生くらいの男女のうちの女性が「なにあれー」とアニメのでかい看板を指差し、未知の動物を見るかのような雰囲気を醸し出していて、ぶん殴りたくなっただけである。

 俺の隣にキツネさんがいたらどうだったろうか。女性が指差した看板を見て、「買うほどのものではないの、借りるだけで充分じゃ」なんて言っていたかもしれない。違う意味で作品のファンはぶん殴りたくなるかもしれん。

 買い物しねえなら来るな!とか思いつつも俺だって特段早く来る用事はない。なのになんだって秋葉原に来るカップルには攻撃的な感情を抱いてしまうのだろうか。そもそもキツネさんと待ち合わせているというのに。俺の性根が歪んでいるのだろう、俺が殴られるべきなのかもしれない。


 昼飯にはチェーン店ではない牛丼屋に立ち寄り、いつの間にか食券形式になってて軽く衝撃を受け。ゲームセンターで一服しつつ麻雀ゲームをやったらサキが興味を示したので、試しに遊ばせてみたら対戦相手の上がり牌をきっちり抑えたのに驚き。職場のPCマウスが不調なのを思い出して、別に高いものでもなく領収書を出せば費用は支給されるものの、なんとなく各ショップを念入りに回ったり。そんなこんな過ごしているうちに、キツネさんから秋葉原にそろそろ着くとメールが入る。

 電気街口に向かって右側の通りを、ここもまた様変わりしているなあと思いながら歩いて行くと、尻尾を揺らせてキツネさんが駆けて来て正面から抱きついてきた。


「ありゃ、待たせましたか?」

「いや、先ほど着いて、電車を降りてここまで走って来てしまった……と、おお。なんだかアニメで見たデートのようじゃな」

「違うんですか?」

「いや、違いない」


 相変わらずガツガツ稼いで来たらしい競馬の調子を聞きながら、早速本日の目的の場所へ向かう。丁度合流したところから近くにある、六階だか七階建てだかの、ビル丸ごと成年向けという建物である。

 入ってエレベーターを探すまでの間にも、随分と肌色が目に飛び込んでくる。


「おお……なん、なんとも、すごいのう」


 圧倒されたのか、興味深いのか、キツネさんは口を半開きにしながらキョロキョロと周囲を見回す。


「上から順に見て回りますよ」


 そう言ってキツネさんを誘導してエレベーターに乗り込み、行き先の階のボタンを押すとドアが閉じる。


「そういえば、初めて一人で電車に乗った感想はどうです?」

「安くてそこそこ早くて楽で良いのう。のんびりと旅をするのには丁度良い。いざとなったら飛んでしまった方が早いがの」


 電車がそこそこ早い程度ですか。自力で移動した方が早いというならば、感覚としてはキックボード程度の便利さなのだろうか。飛行機に乗ったらどういう感想が出て来るだろうか、などと考えているうちにエレベーターの上昇する重力感が消え、ドアが開いた。すると、目の前には大量の服が陳列されていた。


「服?」

「服ですねえ」


 着いたフロアはコスプレ衣装売場。セーラー服やらナース服やら、なんかのロボットに乗り込むためのパイロットスーツっぽいのやら。巫女服もある。


「タダシ殿。これは……あ、これがコスプレというものか?何故に服があるのか、少し戸惑ってしまったわ」

「そうです。前に説明しましたっけ」

「ええと、特殊な職業や物語に類する衣服を身に付けて、感情移入するためのものと聞いたような」

「ああ、そんなふうに言いましたっけ」


 それほど間違ってはいないはずだ。

 キツネさんが眉間に皺を寄せて、巫女服に触る。


「ううむ。しかし、巫女服もあるとは……うん?何か、生地が薄い。いや。手触りもなにか違う。安っぽい。というか、安いのう」

「本格的に着る用じゃなく、使う用ですからねえ。店的に」

「使う。使う用か。ううむ。巫女服を使いたいような者もいるのか」

「俺は巫女服も好きですが、使いたいとは思いませんねえ。というより、コスプレにはあまり興味はないですね。物見遊山の一つとして、まあ、こんなものもあるということで」


 コスプレをするのも、コスプレで致すのも否定はしないが、俺にはよくわからん世界だ。わからなくもない部分はあるが、実際に自分がしようとしたら、恐らく妄想の実現化による満足度よりもコレジャナイ感によるガッカリ度が勝るのではないかと思う。


「こういうのは嫌いじゃないですけど」


 そう言って指差した先にあるのは、上半身のみのマネキンに着せられた服と言っていいものかよくわからないものだ。エナメル質のテカテカした3センチほどの帯が、大切な部分を隠しもせずに裸よりいやらしく体を飾り立てる。胸などは膨らみを強調するように、丸みを帯びた三角形の形で周りだけ囲っている。


「これは下着じゃろうか」

「分類すると下着でもないかと。なんというか、遊ぶ専用のものというか」

「ふうむ。タダシ殿に求められるならば、着るのはやぶさかではないがの」

「いや、別にさほどは」


 コスプレよりかは意義が理解できるってだけで、着てほしいかと言われると返答に困る。こういうものは、着て恥ずかしがるところを見たり、生活の中で唐突に着て見せられることに意味があると思うので。

 キツネさんが、ふむ、と一言頷いてフロアを進んだ先には大量のカツラが見えた。ウィッグといったほうがいいのだろうか。普通のものとは違って黄色緑色赤色エトセトラエトセトラと色鮮やかである。

 しかしキツネさんは違うところに目がいっていた。その先には大型サイズと銘打たれて飾られているコスプレ衣装があった。身長170センチ以上の方向け、とある。


「大型とは。背の高い者用であろうな。たくさんあるのう」

「これは。なんと言いますか。たぶん男性用ですね。女性の服を着てみたい男というのもいるので」

「着てどうするのじゃ」


 キツネさんは俺を見て、服を見て、頭を傾げて、再び俺を見る。いまいち理解できない、と表情が言っている。微妙に大きいセーラー服を眺めつつ、自分の考えを口にする。


「ええと。女性になることに憧れて、欲求を解消するため、でしょうか。男が女になってみたい、女が男になってみたい、と考えるのは珍しくないかと」

「男が女に、女が男に、の。ふうむ、そういう者もおるのじゃのう。タダシ殿は、そのような者の気持ちがわかるかの?」

「そうですね、女性の体になってみたいと思ったことはあります」


 異性の体になりたい、というのは、誰もが抱くというほどではないにしろ、そこそこよくある変身願望だろう。異性というのは、自分が体験できない体験をできる、一番身近で一番遠い存在だろうし。ただ、男が女になりたいと思うときは、おそらくは大抵がそこそこ美人になりたいとも思っているんじゃなかろうか。俺はそう思うし。


「なるほど。ならばタダシ殿、女になってみるかの?」

「へ?」


 キツネさんが悪戯っぽく笑って、俺の頬を撫でてきた。

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