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キツネさん、子育てを考える

 ホームセンターの前を通ると、割と朝早くから開店している精肉店がある。お買い得情報が書かれている看板へなんとなく目を向ける。看板には書かれていないが、この店はたしか国産鶏胸肉100グラム48円で売っていたはず。自炊していた時期はこの店で胸肉ばっか買っていた。

 どうでもいいことを考えていると、何者かが急に後ろから羽交い締めにしてきた。

 まあ何者も何も、そんなことをしてくるのは中野にはキツネさんしかいないわけだが。


「儂を放って何をしておる」

「散歩です」

「起きた時に隣に居てくれんと寂しいではないか」

「まだ起きると思ってなかったんで」


 キツネさんが羽交い締めを解いてくれないまま、足も胴に回してしがみついてくる。コアラじゃあるまいし。どうやら今日は短めのパンツルックなのか、生足にサンダルだ。

 そのまま足を抱えてみる。すると、羽交い締めしていた腕を首に回してきた。さほど重くもなく、おんぶしている体勢になったので歩きだしてみる。

 しかし甘えてくれるのはいいんだが、寂しいとか言う人だっただろうか。


「平日も毎朝一緒にいるでしょうに」

「休日の朝くらいタダシ殿の顔を見てゆっくりしたいのじゃよ」

「今は顔が見えてないと思いますが」

「顔以外を堪能しておる」


 抱きつく手足に少し力が加わってより密着してくる。

 サキが気を利かせたのか背中から胸の方へとジャケットの内側を移動してきた。キツネさんの腕と俺の間から周囲に目立たないように『おかわりごちそうさまです』とか言ってくる。突っ込みたいけど反応できん。

 歩き出しながら今日の予定を聞いてみる。


「さて、朝飯の後はいつも通りですか?」

「そうじゃな。昨日タダシ殿が言っていた店が開いている時間までは、いつも通り稼いでから行くとするかの」

「時間は問題ないですね。場所は秋葉原ってとこに行くつもりです。職場の水道橋からは割と近いとこです」

「ふむ。委細任せる。よいせっと」


 さわやかな朝なのに、話している内容はアダルトグッズ専門店へ行く相談である。これでいいのか我が家は。新婚さんとか同居したてのカップルとか、朝に夜の話をしたりするのは普通なのだろうか。わからん。

 抱きついていた手が肩に置かれて少し重みを感じて、俺が抱えていた足がするりと抜けたと思ったら、キツネさんが俺の方へ向いて前方に舞い降りた。俺の肩を始点に半回転ひねり宙返りをしておんぶから降りるとは、無駄にスタイリッシュな動きをしている。

 予想通りに太もも半ばあたりまでのショートパンツの上から俺と揃いのウェストバッグをぶら下げ、インナーの上に羽織った薄いゆったりとした前合わせのセーターがふわりと膨らんだ。


「改めて。おはよう、タダシ殿」

「おはようございます、キツネさん」


 顔を見合わせて随分と今更な朝の挨拶を交わし、自宅周辺をふらふら散歩を継続しながら朝食を摂る店を適当に見定める。キツネさんがいつの間にか朝メニューを制覇しつつあるという世界的なハンバーガーチェーンショップに決まった。このチェーン店の朝メニューは好きだ。この手の店において朝メニューの方が好き、通常メニューに入れてくれればいいのに、という人は多いと思う。

 キツネさんに入り口付近の席を取っておいてもらい、俺がカウンターに並んで品物をまとめて注文し、二人分の食べ物が載ったトレーを持って席につく。久し振りの油っぽいポテトをかじりつつ、ふと思ったことを尋ねる。


「そういえば、キツネさんは物見遊山で来てるんですよね。いつかは異世界あちらに帰るんです?」

「ん?んー。物見遊山も目的じゃったが、今はタダシ殿と一緒に過ごすことが第一の目的じゃからなあ。こちらで籍を得られたら、タダシ殿と結婚の手続きをして。子を成して。くふふ、そうなれば子を連れて一旦帰ることもあるじゃろうな。……あ」


 幸せな未来図を妄想する途中で何か都合の悪い事態を思いついたか、キツネさんは難しい顔をして頬杖をつき中空に視線をやる。


「儂とタダシ殿の子……」

「そもそも、俺らの間に子供って出来るんですかね?」

「出来る。断言する。間違いない。タダシ殿の種にも儂の畑にも問題無いはず。問題はどんな子供が産まれるかじゃ」

「なんで自信満々なのかよくわかりませんが……どんな子供って、あー……はいはいはい、なるほど」


 キツネさんの子と言えば、女性に請われて産ませた、人外に長寿で狐耳を持つ子供が一人いると聞いた。キツネさん自身が妊娠しても、同じく長寿で狐耳の子供になってもおかしくはない。


「こっちで育てるには色々と難しい子供になりそうな」

「うむ……仕方あるまい。子が欲しくば異世界あちらに帰らんといかんじゃろうの。タダシ殿が仕事を辞めていない場合は、儂と子の二人でとりあえず一旦帰ることになるか」

「あの、そうなると、俺は子育てを助けられなくなってしまいませんか?というか、成長を見守ることもできないような」

「赤子の面倒を見るのは女子おなごの仕事じゃ。気にせんでよい。成長については、たまに儂がタダシ殿を連れて行って顔を見ればよかろう」


 特に深く思い悩む様子も見せず、あっけらかんとキツネさんは言い放つ。女性権利団体など存在しないのだろう異世界人女性らしき考え方である。

 カミさんが子育てのために実家に帰って旦那は一人で働くって、なんか悲しいんですけど。というか俺の稼ぎなんてまるで必要としてないし、なんのための単身赴任か。慰謝料ふんだくられるだけの離婚単身男性よりかはいいのかもしれんが。


「それに、儂が産んでも儂が育てられるとは限らんしの」

「どういうことです?」

「まず間違いなく、娘が一族から子育てのための付き人を寄越す。何人も子供を育て上げた者がの。もしかすると、娘自身が育てると言いかねん。儂が子育てできるかどうか詰問されて、大人しくしていろ、とな」


 なんだかんだ言って、キツネさんが子供を産むというのは異世界あちらでは大事になりそう、とのことだ。言われてみれば、葛の葉レベルの女性か安倍晴明レベルの男性になりかねない子供が生まれる話だ。種を提供した程度で、俺の意思なんてものはどうにも介入の余地は無さそうである。

 子供どころか結婚もできると思ってなかったので、俺としてはこちらに血が残らないのは構わない。ただ、現代日本人男性として、子供の面倒を一切見る必要がないと言われるのを奇妙に感じてしまうのは如何ともしがたい。

 パンケーキにバターを塗ってメープルシロップをかけて嬉しそうにする庶民的な姿からは想像できないが、キツネさんは色々と大変な人なのだと再認識する。


「なんにせよ、一度はタダシ殿に娘らと面通しして貰う方がよいかもしれん」

「というのは?」

「いやあ、その、な。異世界の者に惚れて子を成したとなれば、色々と話をせねばならんじゃろうからな。まあ、タダシ殿は居てくれるだけでよいから」


 甘いはずのパンケーキを、少し苦そうに口にするキツネさん。

 まあ夫婦になるにしろ子ができるにしろ、前もって相談の一つもするべきだろう。新しい家族ができたよ、やったね!なんて気楽に言うことじゃない。自由奔放に酒をかっくらって俺を押し倒した気概などどこへいったのか、なんだか気怠げである。


「えーと。どんな顔して会えばいいかわかりませんが、仕事やら日程やらを考慮してくれるなら構いませんけど」

「すまんの。面倒な手間はかけさせないようにするつもりじゃ」


 いつかは異世界あちらに行ってみたいとも思っていたけども、最初の目的が年上の義理の娘になる人と会うことなのか。なんだそれ。いや、義理の娘どころか義理の子々孫々ってなに。それに、俺は家族構成的にどういう立場になるのだろうか。キツネさんは娘に対しては父親であるからして、俺は義理の母なんだろうか。義理の娘とどう付き合えばいいのか悩む義母である。ママ困っちゃう。

 さて、会ったところで、確かに俺は何ができるわけでもなく、キツネさんの横に居るしかできない。手間も何もないわけで。


「こちらでも異世界あちらでも、儂ら二人がこうして太平楽に過ごすだけなら面倒なことは何もないんじゃがな。子を成すとなったら、子の人生に対してある程度は筋道をつけてやる責任があるからの」

「それはそうですね」

「命を救うのは容易いんじゃが、背負うのは大変じゃの」

「それは……あー、そうかもですね」


 朝からなんだか妙に疲れる話をしてしまった。軽いため息が二つ同時に漏れた。

お前がママになるんだよ!

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