キツネさん、死に戻る
ピザとポテト及び配達に使われたダンボール箱も綺麗に片付けられ、タマをリクライニングシートにして、キツネさんの上半身と下半身の角度が120度ほどとなった状態で、プレイは再開された。
ある程度レベルや装備が更新されると、少し遠出をして新しいモンスターが現れるところに赴き、また稼ぐ。そして新しい町を見つける。一時間も経つと、稼ぎの効率化というものに気がつき、いかに効率よく進めるか思案しているようだった。
ベッドに寝っ転がってポケーっと見ていると、より新しいモンスターの出るエリアに踏み込み、想定以上に強かったのかHPがゼロになり死に戻っていた。
「『しんでしまうとはなにごとじゃ』と言われてものう。死んでも生き返るのにびっくりじゃの」
「まあ、その辺は遊びなんで、全てゼロからやり直すというのも手間ですから、楽しんで進めるための救済処置ですね。他のゲームだと問答無用にやり直しのものもありますし。ただし、死ぬと所持金が半分になります」
「おおう!?本当に半分になっておる!」
キツネさんは俺の話を聞くとステータスを開いて確認し、口を半開きにして固まる。
競馬で外したときにもこんな顔しなかったのに。
「おおお、せっかく稼いだ金が……なんという……う?いや。金が半分になることを覚悟すれば、死ねばさっさと戻ることができるということでは」
「そうですね。本来は救済措置なんですが、それを逆手にとってプレイすることも可能です。初心者がやることじゃないですけど」
死に戻りによる拠点帰還、通称デスルーラの有用性に一早く気付くとは、やはり頭の出来が違う。俺なんかは大人になってプレイ動画を見て知ったのに。
「ふむ。確かに今は使いどころがわからん。普通に戻って装備を整えた方が利が大きいじゃろうの」
「そうですね。ところで、死んで生き返ったような存在が異世界には居そうに思いますけどね。皮と骨だけのような人も居るんでしょう?」
「あー。彼奴は確かに生き返ったと言えなくもないが、言う通りに皮と骨だけじゃからの。五体満足に死から舞い戻るような者は……ああ、何人か話に聞いたことがあるのう」
なんでも有りだな異世界。本当に居るのかよ。
「死んでしまった妻を迎えに黄泉の国へ行って戻って来たとか、魔術の理を知るために死んでみたとか、儂より面白おかしいことをしてた者がおったそうな」
あ、それ俺も知ってます。つか神話じゃねーかそれ。
「こっちでも同じような話は語り継がれてますねぇ。前者なんかは、この国の創世神話にあります。伊邪那岐と伊邪那美ですね」
「まあ、似ている世界同士のはずじゃからの。そう、その夫婦じゃ。イザナギが黄泉へと行って帰って来たことは、ある意味生き返りと言ってもよかろう」
「まあ、そうですね」
「本当のところは、イザナミの命を取り戻そうとしたものの、魂を留め置くだけになり、イザナギ自身も魂だけを留め置いたようでの。京にて祀られておったときに話す機会があったのじゃが、話すのに難儀したの」
なんか俺の知ってる話と違う。ていうか。
「話したんですか。イザナギと」
「うむ。世間話などをちょいちょいとの」
「誰でも話せるもんなんですか?」
「肉体を失っておるからの。魔術で口を使わぬ会話ができることが必要で、それからもなんやかんや大変での。直系の一部か強い魔術師でないと無理じゃった」
あれは本当に面倒じゃったのう、とビールを煽るキツネさん。神話の国の始祖と意思疎通することが、残業が辛かった程度のテンションで語られている。
「まあ、今ではあちらから話しかけることには誰を相手にでもできるようになっての。だからと言って誰彼構わず語りかけると面倒なことになりかねんので、儂や儂の一族、もしくは皇族の一部が社に詰めることになっておる」
「あー、だから巫女服着てたんですか」
「そういうことじゃの。まあ儂は出入り自由の話相手程度じゃ」
なんでもないことのように言ってるが、国の最高神と会話できるって、すごいことではなかろうか。そりゃあ微妙な皇族相手なら喧嘩も売るわ。
しかし、神との会話か。字面だけだと胡散臭いことこの上なく思えるが、それは置いとくとして。実体のない相手に世間話って具体的にはどんなことを話すのか聞いてみると、キツネさんは小首を傾げ、眉間にしわを寄せて、記憶を口から捻りだした。
「えー?どこそこの酒が美味かったとか……」
そこでも酒か。やっぱり酒なんですか。
「相手は実体を無くしているのに酒の話なんですか?ひどく酷なような」
「いや。ああ、魔術の話なんかもしての。魂だけのままでも、元は優れた術師であるから、儂が旅先で仕入れた術を解析したりしての。実体が無いとは言え、今では飲み食い程度ならできるようになっておる」
魔術の話をして死後も研鑽を積んでる創世神の話とか、そっちのほうが重要な話な気がする。魔術より酒の話を思いだすってのがキツネさんらしい……と言っていいのか悪いのか。
それにしても、実体を無くしているというのにどうやって酒を飲むというのだろう。どうにも絵面が思い浮かばない。
キツネさんがテレビから目をこちらにちらりと向ける。
「色々と方法はあるが、飲み食いをするときは仮初めの肉体をこさえて楽しんでおるの。そもそもが肉体がないのじゃから必要ではないものなので、民草を思いやってか、献上されたものをほそぼそとの」
「へえ。魔術が得意だと、本当に色々とできるんですねー」
なんとなく流してしまったものの、魂を留めるってのはよく考えるとどういうことなんだろう。幽霊とは違うのか。科学的考察を誰かにして欲しいものだ。
まあ検証したければ、俺が手のひらに火が出せることから始めればいいわけだが、どうやって検証すればいいんだろこれ。こんなもんおおやけにしたら何かの施設に囚われてしまうのでは。
しかし、死んで生き返った話じゃなくて、死んだ後も元気な話のような気がする。
キツネさんはそんな些細な違いなど気にかけるそぶりも見せず、ビールの缶を口元でぶらぶらさせながら薬草を買い込んでいた。




