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キツネさん、名を決める

 以前キツネさんの下着を買い、以降よく行くようになったと言う店の前を通り、歌舞伎町の入り口あたりにある鉄板焼き屋に入る。随分前に友人と一回なんとなく入ったことのある店だ。

 シーフード天とチーズもんじゃと飲み物を注文し、先に運ばれてきたグラスとジョッキを軽くあわせて乾杯する。

 ジョッキは当然キツネさんの生ビールだ。一緒に生活するようになってキツネさんが浴びるように酒を飲むのをよく見るようになったが、アルコール中毒になる素振りも見せないし酔った素振りも見えない。日本人離れしているが、そもそも文字通りキツネさんは正しく人と言っていいのだろうか。広義では人だろうけども。

 とりあえずキツネさんがビールを一気飲みして、もう一杯と店員さんに注文して驚かせるのは初めて行く店でのいつもの光景だ。チェーン店居酒屋で試しにピッチャーで頼んでみたら、嬉々としてそのまま飲み干していた。

 シーフード天を焼きながら今日これからの予定を話す。


「ゲームをするのにテレビを買おうと思いまして」

「ふむ。パソコンのモニターではいかんのかの?」

「できなくはないでしょうが、ゲームの進化というものを体験して欲しくてですね、古い型のテレビが欲しいんですよ」


 会話しながらも鉄板の上を注意深く見守る。何かで「お好み焼きはかさぶたと思え」って見た気がする。じっくり待って、端っこがめくれてきたらひっくり返すのだと。正直その例えはどうよと思ったが。

 俺は器用さに自信がないので恐る恐るひっくり返す。久しぶりだがなんとかなった。


「テレビか。家には無かったの。ということは、番組を見られるようになるのかの?」

「古い型なんで、今の放送には対応してないと思いますよ。何か見たいものでもありましたか?」

「ネットで見られないアニメを」

「どっかの銭ゲバに受信料払う金でレンタルしてきた方が有意義だと思います」


 見もしないものに金を払う義理はない。民放各社は視聴率の低下を嘆くなら、まずは放送法改正を声高に叫ぶべきだ。


「何やら辛辣じゃの」

「キツネさんだって、嫌いなものの一つや二つあるでしょう」

「む……まあの」


 誰か嫌な奴の顔でも思い浮かんだか、眉間に皺を寄せながら再びジョッキを空けてお代わりを要求する。店員さんは半笑いである。


「よければ教えてくれませんか?」

「語るのはいいが、面白い話でもないと思うがの」

「キツネさんが嫌なことを知っておけば、知らずに嫌な思いをさせることも減らせるでしょう」

「ん〜、そういう意味では参考にならんじゃろうが……まあ、よいか。何百年前のことじゃったか」


 嫌な奴の思い出ってのは昔話レベルらしい。

 お好み焼きを切り分けソースと青海苔と鰹節をまぶし、それぞれの小皿に置いて食べながら聞く。


「皇族の男に何度か言い寄られたことがあっての。その度にやんわりと断っていたんじゃが、あまりに鬱陶しかったので、つい殺気を出して威嚇してしまって、騒ぎになっての」

「威嚇で騒ぎになるんですか。流石はキツネさんというか」

「儂の力量もあるが、宮中であったからの。やんごとなき方の近くで迂闊なことをするなと、駆け付けた孫に追い回されて怒鳴られた。というわけで、タダシ殿に言い寄られて嫌な思いも何ものう」

「えっと。孫ですか。確か安倍晴明ですよね」


 もっと言い寄ってもいいんだが、とでも言うかのように悪戯っぽく目を細めて、はふはふとお好み焼きを齧りながらキツネさんが頷く。

 安倍晴明に追い回される狐。それってエピソード的に完全に玉藻なんだが、以前俺が玉藻という名を口にしても反応してなかった。はて。異世界ではその名がつけられなかっただけだろうか。


「殺気の余波で、その皇族が持っていた魔石に呪いがかかってしまっての。孫が殺生石とか名付けて有効利用していたの」

「キツネさんのエピソードを色々知るたび、やっぱり玉藻って妖怪の話に近似しているように思いますねぇ」

「玉藻のう。儂はそのような呼ばれ方をされたことがないがの。そもそもなんじゃ、その阿寒湖の名物みたいな名は」

「そりゃマリモです。意味的には似たようなもんかも知れませんが」


 熱々のお好み焼きを食べて熱くなったであろう口を冷ますかのようにジョッキを傾けるキツネさん。ふぃーっと一息つき、お好み焼きを再び小皿にとりながら片眉を上げ、珍しく不満を口にする。


「儂はそんな名は嫌じゃ。以前に名を考えてくれると言ったが、あんな緑色の不思議生物の名は受け付けられん」


 俺からすると世界で一番不思議なのは今の所キツネさんとサキにタマがぶっちぎりでトップスリーなんだが、思うだけで口には出さない。


「いやまあ、そんな名前になって欲しいとは思ってませんけどね」

「じゃあ、何か案はあるのかの」

「キツネってそのままでも可愛くて良いと思うんですけどね」

「ふむ。可愛い、と。ふむ。まあ、構わんがの」


 正直なところを話すと、キツネさんもまんざらではなさそうだ。ただ単に可愛いと言ったのを嬉しく思ってくれているだけかも知れない。

 しかし、現代日本人として使う名としてはDQNネームっぽくもある。


「キツネって音に『吉』と『子』をあてて吉子きつねとかもいいかな、とか考えました。『よしこ』と名乗れば珍しくない縁起の良い名前ですし、俺があだ名としてキツネさんと呼んでもおかしくはないかと思いますし」

「ならば儂は近衛吉子となるのか。悪くないの」

「そうですねぇ。籍を入れられたら、そうなるんですかね」

「ふむ。籍を入れられるよう頑張るかの」


 なんやかんや話しているとお好み焼きが無くなったので、次にもんじゃ焼きを作りはじめる。

 キツネさんは名前のことを放って、興味深そうに鉄板に目を向けた。

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