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キツネさん、異世界の米を語る

 リサイクルショップを調べるにあたり、スマートフォンでちまちま検索するより、一旦家に帰ってパソコンから検索した方が楽そうだ。そんなこと言ったらネット販売でモノを探した方が早いだろうが、それはそれ。現物を見て買えるなら、現物を見てから買いたい。

 玄関を開けてサキの洗礼を受けながら、昼前には新宿に行く旨をキツネさんにメールする。上着をハンガーにかけてパソコンに目をやると、キツネさんの頭がモニタから生えていた。


「どうかしたかの、ハニー」

「心臓に悪いんで、妙な現れ方しないでください」

「出会いとさして変わりなかろうに」

「まあそうかもしれませんけど」


 でも、心構えというか、注目しているところに何か現れるのと、振り返ったら生首が浮いているのは別なのですよ。


「えっとですね、ゲームを買うにあたって他に必要なものを集めるのに、散歩と物見がてら新宿から家までぶらつこうと思いまして。一緒にいかがかと」

「デートのお誘いかの。ならば、競馬は切り上げて今すぐでも構わんが」


 デートっちゃあデートか。それを言うならば土曜の競馬が終わった後にはいつもデートしているわけだが。


「店を調べてから行くつもりなので、少し時間を下さい。昼を食べに行くのに丁度いい頃合いにそっちに行きますから」

「ふむ。待つのもまた一興かの。わかった」

「あ、昼飯用に何か買っちゃいました?」

「いや、ビールを二本だけじゃ」


 昼前からビール片手に馬券場に行っちゃう女の人って。まあ今更だけど。


「じゃ、合流してから昼を食べましょうか。用件はそれだけです」

「うむ。タダシ殿、少しこちらに顔を寄せてくれんかの」


 キツネさんの言葉に従って、モニタ前に浮く小さな顔に自分の顔を近づける。キツネさんが目を閉じ、少し顎を持ち上げた。俺はそのまま顔を近づけ、軽く唇が触れる。僅かな間しか触れていないが、アルコールの匂いはしなかった。

 側から見たら、画面から出て来た美女とのキスシーンである。どこぞの漫画のようだ。俺も以前は画面から女の子が出てこねーかなーなんて考えたものだ。


「もう少し長くてもいいんじゃがの」

「どれだけすれば満足です?」

「タダシ殿が飽きるまで」

「それだと、飽きる前に息が出来なくて命が尽きますね」


 軽く冗談を交換すると、キツネさんはくすりと笑って「では、また後での」と穴に引っ込んだ。

 なんとも甘ったるいやりとりに思考が停止していると、サキが目の前に来て『ごちそうさまです』なんて言ってくれる。うるさいよ。おかげで再起動したけど。


 調べものと本のスキャン作業を軽くやって家を出る。

 サキはお留守番。俺がいない間に上下水道のメンテやら継続してスキャン作業やらをやってくれている。稀有で優秀な世話係に感謝の念は絶えないが、こんなことさせてていいものか少し悩むものの、気にしないことにした。本人(?)も漫画を読む傍らにやっているようだし。さらには近頃は画像処理ソフトまで使いこなし始めている。おかげで本の処理が進んで、テレビを買うスペースも余裕で確保出来ているのがありがたいんだが、この子はこれからどうなっていくのだろう。


 新宿につき、馬券場に近い改札口を出てキツネさんの元へと向かう。出口すぐの階段を下ると、甲州街道下のトンネルからこちらへやってくる人の中から、キツネさんが人混みなどないかのように走ってくる。


「タッダシッ殿〜!」


 勢いつけて俺に吶喊してきたキツネさん。衝撃はどこにどうやって逃したか分からないが、抱き付いてきて小さな頭が柔らかく俺の胸に着陸する。

 周囲から注目の視線が集まる。気配消してないのか。俺が気付いたんだからそりゃそうか。


「どうしたんですか、そんなかっ飛ばして来て」

「いやあ、段々とタダシ殿の気配が近付いて来るのが感じられての。早く会いたくて、駅に着いたのが分かったから走って来た。人が多いから適当な所に転移するわけにもいかんじゃろうからの」


 キツネさんの中の俺用レーダーはどんな働きをしているのだろうか。

 抱き付く腕が俺の胸から左腕に移って、行くあてを決めずに足を動かし始める。


「お待たせしました。とりあえず昼飯にしますかね。食べたいものはありますか?」

「ふうむ。適当に目についたところにでも入るかの」


 新宿と中野のお気に入りの店はあらかた紹介してしまっている。俺は気に入った店にいくら行っても飽きないたちなので、そもそもそういうストックが少ない。なので最近では新しい店を開拓しだしている。なんとなく入った店を、あれが美味かった、あれはあっちの店の方が美味い、なんて語らうのも楽しい。

 とりあえず俺が連れて行ったお気に入りの店は、キツネさんとしてはどこも平均点以上らしいので案内役の面目躍如というところだ。


「そういえば、キツネさんの世界の食事事情ってどんななんです?確か、初めて白飯見たときも普通に食べてましたよね。あっちでも米は精米して食べているんですか?」

「白飯を食べるのは最近になってからじゃの。こちらの高級米には劣るが、タダシ殿の口にも合うはずじゃ」

「最近になってですか。品種改良とかはどうなんでしょう」


 現代日本の米は品種改良を重ねた農家の努力の結晶だと思うんだが、異世界でも品種改良はされているのだろうか。されていないのに甲乙付けがたいという評価なら、農家のみなさんは泣いていい。


「しておるぞ。品種改良や精米が始まって百年以上は経っていると思うが。あまり詳しいことは分からん」


 泣かなくて済んだようだ。百年が最近なのか。


「品種改良はしてるんですね」

「食べ物の確保はどこでも至上命題じゃからの。魔術で美味くしたり害虫に強くしたり」

「そんなことも魔術できるんですね」

「そんなことを魔術できるのはそうそう居らんがの。米は美味くなったが、畜産や加工食品は比べものにならんな。こちらに来ておかずが美味くて嬉しい。あちらでは玉子一つ食べるのも手間での」


 キツネさんはいつも喜色満面で食事をしていたのは、酒を侍らせていたからだけではないようだ。


「玉子と言えば、そこのクレープは美味かったの。しかし飯にはならん。何を食べるかの」

「玉子で思いつくのは、ラーメンのトッピングとお好み焼きですねぇ」

「ラーメンは店が山ほどあって気にいる店を探すのも一苦労よな。お好み焼きとやらはまだ食べておらん。近くに店はあるかの?」

「お好み焼きは大きな当たりも外れもそうないので、どこか見つけたら入ってみますか」


 土曜の人混みの新宿を、できるだけ二人並んで歩ける道を選んで店を探し出す。

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