キツネさん、ゲームにさわる
中華料理店を出て、家に帰る道程を腹ごなしに少し遠回りして歩く。途中、キツネさんはコンビニで燃料を補給しながら。
よく食べ、よく飲むのに一向に太らない。ローライズのジーンズの上からウエストバッグを巻き、付け根はシャツで隠しつつ尻尾を飾りにつけているように露出させている。俺の知らない間にちょくちょく服が増えているのだ。
たまにナンパされたときに言及されることもあるらしい。幼い子供なんかも指差して「尻尾だー」なんて言ったりする。大抵の人は尻尾に一瞥をくれてもスルーしている。まあ、猫耳カチューシャと尻尾を装備したお姉さんが客引きする中野では、少し目立つファッション程度にしか思われないんだろう。夏冬の国際展示場なんか比じゃないし。
春の夜道を堪能して帰宅する。ネットで箱買いしてあるビールを横目に、半畳程度の物入れから古いゲーム機を引っ張り出す。
金土の夜を楽しみにしているということは、今夜も眠たくなるまで肌を重ねたいと暗に言われたのではと思わなくもないが、果たしてこれを手にしたらどうなることだろう。
「キツネさん、俺が持っているゲーム機の中では一番古いやつです」
「小さいの。儂の持つスマホよりは大きいか」
取り出したるは、小学生時代から持ち続けている初代ゲームボーイ。親に買ってもらったのは兄貴だった気がするが、いつの間にか俺のものとなっていたものだ。
散歩途中にキツネさんが酒を買うかたわら、単三電池四本を購入してある。
「こいつを裏面のフタをとった中に入れます。これは充電できない使い切りのものです」
「電気が必要なのは変わらんのじゃの」
すでに服を脱ぎ捨て黒の下着だけになってベッドに座るキツネさんの前で、電池をどう入れるか説明しながら実践する。この人は家では下着姿がデフォルトになってしまっている。俺もボクサーブリーフにTシャツで似たようなもんだが。
入れっぱなしになっていたソフトを外してキツネさんに手渡し、隣に座る。
「これがソフトカートリッジ。入れ替えることで色々なゲームができます」
「ふむ。スマホとは違い、データを内蔵する装置がないのじゃな」
「最近のゲーム機はそういうのもあります。古いゲーム機はこういった外部デバイスがほとんどです」
キツネさんに見えるようにしながら、入っていたソフトを再びセットし電源を入れる。懐かしいチャリーンという電子音が鳴り響き、英字の社名ロゴが表示され、ゲームのタイトル画面が映し出される。
「これは?」
「テトリスと言います。ちょっとやってみますね」
テトリス。限られた空間の中、上から落ちるブロックを横に隙間なく並べると消え去り得点となるゲーム。ゲームボーイ版ではひたすら消すだけのモード、ランダムに入り乱れたブロックのなかで二十五ラインを消すモードがある。通信ケーブルを使えば対戦も可能な、いわゆる落ちものパズルゲームだ。
日本に爆発的に普及したのはゲームボーイで発売されてからだろう。アーケードや他の機種でも売られてはいたらしいが、分かりやすいゲーム性にゲームボーイの手軽さが加わって幅広く親しまれたのだ。母親がハマって電池予算が増加したり、電池を買い置きしてくれるようになったのは俺の家庭だけではないはずだ。
そんなわけで思い入れもプレイ時間もたっぷりあるソフトなわけだが、久しぶりでどれだけできるものか。A(無限)モードのレベル9から始める。
「ふうむ?上から何やら落ちてくるものを操って、重ねて、はめて……消える。ふむ」
俺の左肩に顎を乗せたキツネさんに覗き込まれながらどれだけやったか、適当なところでわざとゲームオーバーにする。
「消せずに上まで重なると終わり、と」
「ええ。一度にできるだけ多くの列を消せば得点がより増えます。どうやって重ねていくか、どうやって消すか、どれだけできるかを楽しむものです。ちなみに、もっと落ちる速さを落として始められます」
「やり方は見ていてなんとなく分かった。やらせておくれ」
差し出されたキツネさんの両手にゲームボーイを預ける。画面はレベル選択場面となっている。
「0が一番遅いです。数字が増えるほど速くなります」
「速くてもなんとかなろう」
キツネさんは最初から最大速度でプレイし始めた。覚束ない動きを見せるブロック。そして早々にゲームオーバー。
「ぬ。思ったより上手くいかん。それに何やらタダシ殿とは違って、終わった後にまたすぐ数字選択のところへ戻ってしまったんじゃが」
「さっきのやつは、ある程度得点が高くないと出てこないんですよ」
ゲームボーイ版テトリスは、得点の多さに応じて大きさの違うロケットが飛ぶ。先ほど俺がゲームオーバーした時に一番小さいロケットが飛んでいたのだ。
二つのスコアを眺めつつ、キツネさんは頷く。
「ふむ。タダシ殿の点数が上で、儂のが下の数字か。よし、まずはタダシ殿に追いついて見るとするかの。ちなみに、タダシ殿が本気でやったら何点になる?」
「やってたのは随分前なんで、もう覚えてないです」
「ならば先にタダシ殿の本気を見せて欲しいの」
「んー、まあ、やってみますね」
キツネさんからゲームボーイを受け取り、ベッドにうつ伏せになり枕を顎の下に挟む。再びレベル9を選択。
「それが本気の姿勢なのかの?なんとも緊張感のない姿じゃが」
「なんとなく寝っ転がっただけですよ」
キツネさんも横になって観戦する。二人並ぶにはセミダブルのベッドは少々狭い。密着されてキツネさんの尻尾がこそばゆく感じながら、ひたすらボタンを操作していく。
ゲームも実名をあえて使っていこうと考えています。
伏字にしても権利者に睨まれたら同じなわけで。
それにマイナスなイメージを与える書き方はしてないし(精一杯の予防線)。
商業で金とってるわけでもなし、運営に怒られなければこの方向で行きます。