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キツネさん、カラオケを知る

 サキを膝の上で撫でながらテーブルの上に置いてあった冊子を眺める。テレビはつけたものの、見たいものがあるわけでもない。ネットは家で出来る。そこで目につくのはカラオケの項目。

 しばらくカラオケしてなかったなあ。何ヶ月前か、それとも年単位になるか、アニソンをひたすら一人カラオケしたのが最後だったか。

 冊子片手にカラオケの準備をする。テレビがカラオケモニターになるらしい。セッティングを済ませ、カラオケの選曲用機械で選曲履歴を見てみる。使った人の嗜好が垣間見えて面白いので、俺はカラオケに行くと大抵見てしまう。

 で、赤いスイートピーが十回連続で並んでいるんだが。前にここのカラオケを使った人に一体何があったのだろうか。その後にはGLAY最盛期の頃のアーティスト達が並ぶ。間違いなく俺と同世代か上だろう。次はボーカロイドの曲が並ぶ。うん、一部は聞いたことあるのもあるが、八割方よく分からん。よっこらせっくすを選んでいるのはラブホで何を狙ってるのか。


「タダシ殿、何をしておるのじゃ」


 機械を見つめてどれほど経ったか分からないが、いつの間にかキツネさんが風呂から上がってきていた。当然のように下着姿で。今日のチョイスは控えめなデザインの白の上下。とても清楚な印象を受けます、が。


「服をちゃんと着て下さいよ」

「いやあ、下着とはいいものじゃの。部屋で過ごすのには楽でいい。で、何をしておるのじゃ」


 聞いちゃいねえ。


「これはカラオケって言いまして、歌を歌うのに伴奏を流してくれる機械です」

「歌いたければ好きに歌えばよかろうに」

「いや、それを言われちゃうとなんとも言えないんですが。街中でも、歌と楽器の演奏を合わせた曲がそこらで流れていたでしょう。あれの楽器部分を流して、調子を取りやすくなったり、盛り上がったりするわけです。久しぶりにちょっと歌ってみようかなと思いまして」

「ほう。タダシ殿が歌うのか」


 キツネさんが俺の横に浅く腰掛ける。尻尾を圧迫させないためだろう。そのために、横目に見ずとも白い布地に白い素肌が目に映る。下着姿のお姉さんを隣に座らせて歌うって、どこのセクキャバだ。一緒に風呂入ってるのに今更だが。


「まあ、時間はまだありますし、暇つぶしに」

「ふむ。こちらでは、そのカラオケとやらで歌に興じるのはよくあることなのかの?」

「ええ、他の国は知りませんが、日本ではありふれた娯楽ですよ。ホテルへカラオケ目的にるのは少数派でしょう。カラオケの専門店に行くのが一番多いかと」


 カラオケだけのためにラブホテルを利用するというのは聞いたことがない。一人でラブホテルに入ってのんびりするついでにカラオケをしたってのは、どっかネットで見たことはあるが。


「わざわざ歌うためだけの店があるとはの」

「大声を出すと近所迷惑ですからね。思いっきり声を出すための施設ってことで需要があるんですよ」

「確かに、タダシ殿の部屋でも隣の者の話し声が聞こえていたしの。しかし妙な商売じゃ」


 キツネさんは呆れを言葉に混じらせて苦笑いする。


「さておき、タダシ殿の歌は楽しみじゃの」

「大したもんじゃないですけどね。歌うのは好きですけど」

「構わん構わん、早く聴かせてもらえんか」


 せっつかれるものの、こちらの歌を知らない相手にどんな曲を聴かせればよいものか。短く唸って少し悩む。


「そうですね。逆に、どんな歌を聴きたいですか?」

「どんな歌、のう。歌と言えば……そうさの、豊穣を祈る農民の歌、山や海を畏れ敬う狩人の歌、世の儚さを嘆く歌、神に祈る歌。何より、恋の歌。恋の歌がよいかの」

「恋の歌ですかー」


 すぐに思いついたのは二つ。試しに短い方を機械に入力してみる。

 重厚な短い前奏が響く。


 君が代は

 千代に八千代に

 さざれ石の

 いわおとなりて

 こけのむすまで


 いや本当に短いな。

 キツネさんを見ると、顔が解せぬと言っている。


「タダシ殿。街中で聞いたような調子ではないし、恋の歌とも言えると思うが、この歌は儂も知っておる」

「まあ、まずは軽い冗談みたいなものです。こちらでは国の象徴みたいなものとして歌を定める法があるんですよ。今のは日本の国歌です」

「あー……めでたい歌じゃからの。国歌のう。なるほど」

「他の歌は知らなくても、まず知っておいてもらってもいいだろうと思いまして。で、次の歌が本番です。俺がカラオケでよく歌う曲です」


 機械に入力する曲名は、小さな恋のうた。MONGOL800というバンドの、短めの曲だ。前奏は無くボーカルから入る曲なので、カラオケではドラムスティック同士を叩いてリズムを合わせる音から始まる。エレキギター、ベース、ドラムのスリーピースバンドというコンパクトな組み合わせのロック。その上に力強い恋の詞が乗る。歌を愛している人が、歌を恋する人へと送る。ただただシンプルに。そういう歌だと俺は思う。


「まあ、こんなもんですよ」


 歌い終わって、お茶を手に取り一息つく。俺にとってカラオケは聴かせるためのものじゃなくて、九割がた好き放題歌ってストレス発散するためのものだ。なので、カラオケ文化を知らない人にカラオケで歌を披露するってのは少し気恥ずかしい。

 馴染みの無い音楽の上手くも下手でもない歌を聴かされて、キツネさんは反応がしづらいんじゃないだろうか。歌が終わっても動かずにいるし。

 キツネさんが何もせず動きもしないので、恐る恐る顔を覗いてみると、口を真一文字に結んで真っ赤になっていた。

曲のタイトルだけで歌詞を書いてないならばJASRACにお金を払う必要はないそうです。

意図的に曲名を出しているので、怒られないといいなあ。

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