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キツネさん、ホテル街を歩く

歌舞伎町と言ったら当然。

 出勤しに行くのか、職場からキャッチという名のドサ回り営業に出るのか、ホストらしき男達が俺の横を通り過ぎざまにこちらを見ていた。

 あれ。これ、気配の隠蔽してない?

 キツネさんを見ると相変わらず俺の右腕にくっついて何かを観察しながら歩いている。


「キツネさん、気配はもう隠してないんですか?」

「人通りも少なくなってきたからの。儂等のように男女二人で歩く者達もおった。問題なかろう」


 今歩いているのはホストクラブが乱立している場所。で、ホテル街でもある。

 キツネさんが俺に顔を向けながら、立ち止まって通りがかったホテルの案内板へ指をさした。


「それで、その二人がこの建物に入って行った。宿のようじゃな、宿泊料金とある。それはよいのじゃが、休憩三時間8980円ともある。食事をとってのんびり休むにしても、休憩するには長くはないかの」

「まあ休む前にめいいっぱい体を動かす所ですからねえ」


 予想通り質問が来たのでさらっと応える。

 新宿でデートして暗くなる前にホテルに入って休憩三時間。ほどよく汗をかいて体を洗い、飯を食いに出るのにはちょうどいい時間。そんなカップルもいるだろう。

 つうか三時間は確かに長い。昔この辺りによく来た頃は二時間休憩が多かったと思う。草食系男子という言葉が定着しつつある昨今、三時間も何をするというのか。逆か、だからこそ客単価上げるためにこんなことになってんのかもしれない。


「体を動かす?」


 キツネさんは首を傾げて眉を八の字にし、案内板の方へ顔を向ける。

 ラブホテルの前で立ち止まっていたくないんですけと。


「とりあえず歩きませんか」


 俺の言葉を受けて、キツネさんはさっきより緩やかな速度で再び歩き出す。


「体を動かす宿とは……?あちらにはSTAYとRESTとある。何故日本の言葉でないかはよく分からんが同じ意味じゃろう。はて」


 キツネさんが横でぶつぶつ呟く。そして数分もしないうちに俺の右腕を強く抱きしめ、また立ち止まった。

 とびきりの笑顔をこちらへ向ける。


「タダシ殿。せっかくじゃ、休憩していかんか?」


 また別のホテルの案内板を指さして尋ねてきた。これは正解にたどり着いてるだろう。分かってる俺に、分かってて言ってるんだろう。

 今時「ちょっと休憩して行こうか」なんて言ってラブホテルに誘う人は少数派だと思いますよ、キツネさん。


「ああ、すいません、本当は少し疲れてたんですか?休憩が必要なら、もうキツネさんの術で帰りましょうか。術は問題なく使えるんですよね?」

「あぇ、使えるが、え?」


 イエスかノーかの反応を予想していたんだろう。あうあう言いながら俺と案内板を交互に見て挙動不審になっている。


「いや、いや、さほど疲れてはおらん。ええと、今はタダシ殿の所に世話になっておるが、こちらの宿とはどんなものか知っておきたくての」

「ベッドに風呂にトイレがあって、ちょっとした食事や飲み物を出す程度かと思いますが」

「おお、そう、それにタダシ殿の部屋には風呂がなかろう。タダシ殿も休みを儂に付き合ってあちこち行って疲れたじゃろう、風呂で汗を流すのもよいのではないかの?」

「風呂なら部屋にもありますよ。トイレの横にお湯を張るための浴槽あったでしょう。少し狭いですけど」


 そう言えばトイレの使い方だけ教えて、風呂のこと全然教えてなかった。サキが頭を覆えばフケも皮脂もすっきり落としてくれていたから昨日は入ってなかったし、一昨日は風呂上がりの後にキツネさん達が出てきたし。あれ風呂じゃったのか、とキツネさんの呟きが胸に刺さる。狭いよね。うん。


「それにな、うむ、タダシ殿も体が鈍ると言っておったしな。体を動かすとはどのようなことをするのか、タダシ殿に教えてもらおうと考えてな」

「体を動かしたいならいいところがあります。行ってみますか?」


 キツネさんの瞳孔が開く。口を半開きにしながら何度か頷く。


「面白いところがあるんです。キツネさんは多分見たことも聞いたこともやったこともないものが」


 俺にしがみつくように固まるキツネさんと目的の施設に入る。その中では、他に体を動かす人々がいた。各個客同士が邪魔にならないように網で区切られてはいるが、何をしているかは見える。


「ええっと。ここはいったい」


 戸惑うキツネさんをプレイする場所へ押し込み、細い腕に硬くて長い物を握らせる。


「キツネさん、他の人がやってるようにしてみて下さい」

「ええっと」


 白い影がキツネさんの腹部の前を走る。キツネさんはそれを呆然と見ていた。


「勿体無いですよキツネさん。回数は有限です、ほら、他の人を真似して動いてみて下さい」


 俺の言葉に戸惑いながらも、キツネさんはスカートからのぞく白い足を上げ、硬くて長い物を握りしめた腕を動かした。短く息をつき、持ち上げた足を落として肩幅より広く両足を開き、浅く腰が落ちる。初めてとは思えない流れるような動きだ。



 小気味のいいバッティング音が響いた。



 連続して打ち出される白球を立て続けに打ち返していくキツネさん。


「タダシ殿!儂が!思った!ものと!違う!」


 俺に抗議しながらもバッティングは止まらない。しかしホテル街のど真ん中になんでバッティングセンターがあるんだろう。歌舞伎町は混沌としているなあ。


「体を動かしてるじゃないですか」

「そうじゃが!ええい!ふっ!せい!」

「楽しくないですか、これ」

「楽しい!しかしじゃな!とうっ!」


 女性客がやたらかっ飛ばしているので、少しギャラリーが出来ていた。美人を見る溜息ではなく、白球が打ち上がるたびに漏れるような感心する声が聞こえた。

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