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キツネさん、歌舞伎町を歩く

 歩行者用信号機が青色になって、横断歩道を渡る。歌舞伎町の入り口を示す電飾の横を通り、なんとなく真っ直ぐ道を進む。

 ふと、キツネさんが何かを見上げて立ち止まった。


「タダシ殿、あれは一体なんじゃ?」


 見上げる先には巨大な怪物のオブジェ。

 そういえば、歌舞伎町になんかできたってニュースで見た気がする。


「あれは、アニメみたいな娯楽映像作品に出てくる怪物の像ですね。あれくらいの巨体の生物という設定です。どういう意図があって作られたのかはよく知りませんが」

「ふあー」


 感心してるのか呆れているのか、キツネさんは気の抜けた声を出してしばらく仰ぎ見ていた。

 俺もじっくり見たことはなかったので一緒に眺める。オブジェもそうだか、もともと劇場があった場所には綺麗なビルも建っていた。

 ビルに近づく。新しい建物の低階層には飲食店があり、上の階層はホテルになっているようで、旅行者らしき大きい荷物を持った人々が出入りしている。

 そこには、俺の知っている夜の歌舞伎町の空気は無くなっていた。居酒屋が並ぶ通りの突き当たりとは思えない、微妙に人気がまばらで客引きがうろついていた怪しさが無くなっていた。

 若干寂しく思いながらホテルを横目に右手へ曲がると、覚えのあるけばけばしい空気がある。そう思うのは、何の店があるのか知っているからだろうか。

 キツネさんに合わせてゆっくりと歩く。女連れでこの辺りを歩くのに物凄い違和感があるな。さらにはキツネさんの気配の隠蔽が効いているのか、店の前に立つ従業員達がこちらを全く気にしていない。もともと女連れには話しかけやしないだろうが、まるで注意を向けられないことにさらに違和感が増す。

 そんなことはお構いなしに、キツネさんはそこらの看板をキョロキョロ眺めていた。


「歌舞伎町無料案内所とな。確かにこれだけ店があると、案内人がいると助かるだろうの。儂にはタダシ殿がいるから良いが」

「あの案内所は男専用です」

「む?男専用とな。ふむ」


 多くは言わなくてもなんとなく察してくれたらしい。しかし物言いたげに組んだ腕に力が入った。何ですか一体。


「あれに見えるのは……セクキャバ?40min六千円とはなんじゃろうか」

「minはミニッツ、一時間をさらに六十分割した時間の単位です。これは英語の略称で、日本では分と言います。六千円で四十分遊べる店ということです」

「遊ぶ、のう」


 キツネさんが俺を数秒睨むでもなくじっと見て、再び歩き出す。


「こちらはメイドサロン?メイドは小間使いで、サロンとは社交場のことかの。小間使いの社交場とは一体なんじゃろうな」

「メイド服を着た女性を相手に遊ぶ所だと思います」

「……タダシ殿はこの辺りの遊びに詳しいのかの?」


 何だろう。口調がやけに平坦だ。いやまあ何だろうも何も分かるけど。


「そんなに詳しくないですよ。ここらに慣れている友人に案内して貰って、何回か遊んだ程度です」

「ほーう」


 キツネさんが俺の肩に頭をぐりぐりと押し付けてくる。甘えられてるんでしょうか。不機嫌なんでしょうか。なんなんでしょうか。

 ピンク色な店も多いが飲食店も多い。何気に美味そうな雰囲気をかもし出しているのもそこそこある。ここらに来る時は頭がピンク色になっていたし、一人で居酒屋に入ることも少ないからスルーしていた。キツネさんと一緒に入っても浮かないだろうかとか考えながら入り組んだ道を進む。

 方角としては北へと行き、車がそこそこ通る道を渡る。さらに少し歩くと、やたら男の写真が貼り付けられた店が見えてくる。


「こういう、男の顔がやたら貼り付けてあるのはさっき話に出したホストクラブです」

「これらを見て思うに、特に酌をさせたくなるような面構えの者はおらんの。儂が思う良い男とこちらでの良い男とは違うということじゃろうか」

「こちらの男の一人として言わせてもらうと、俺もそれほど良い男には思えません。というか、お酌をして話をして楽しませる仕事というのは、男も女も顔だけでなんとかなる仕事ではないみたいです。ある程度の顔であれば、後は話術の腕前によるようですね」


 店の前で立ち止まって「こいつ良い男かあ?」なんて会話するのもどうかと思わないでもないが、知り合いのホスト経験者の顔を思い出してみても、良くて二枚目半で他はモブ顔だ。顔だけ見たら俺でも出来るんじゃないかと以前思ったものだ。仕事内容はブラック企業の営業マンもいいとこって感じらしいのでやりたいとも思わないが。


「ふうむ。しかし、ゴロツキらしい者はなかなか見かけんようじゃが」

「昔はここらにそこそこいたみたいです。最近は堂々と肩で風をきって歩くようなのはほとんど見かけませんけどね。いるとしたらこういう所ってことで案内してます」

「確かに、酒場などに多いじゃろうがの」


 どこかつまらなさそうに話すのは何故でしょうか。ゴロツキに喧嘩を売って欲しかったんですかね。最近は路上販売はあまりしてないと思うんだが。


「さて、どうしようかの。儂はもう満足じゃ。帰るならば家まで穴を開けてもよいが」


 あんまり満足そうじゃないですよね。しょうがないからもういいや、って感じだ。

 さておき、穴というのは一昨日キツネさんが出てきたようなやつのことだろう。瞬間移動的なことが可能ということか。軽く言ってくれる。

 まあまだ歩いて帰ってもさして問題ない時間だ。新宿駅から中野駅程度なら一時間もかからない。


「キツネさんさえよければ歩いて家まで行ってみませんか。新宿で用事があった時は、たまにのんびり歩いて帰るんですよ。何があるってわけでもないんですが、途中で面倒になったら止めてもいいですし」

「電車があるのにわざわざ歩くとは物好きじゃの」

「そうでもしないと体が鈍るんですよ」

「なるほど。夜道も明るい。歩くのもよいかの」


 再び夜の歌舞伎町をゆっくりと歩き出す。中野へは北西方面。まずは北へと向かい大きな道を目指す。

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