キツネさん、百貨店に行く
百貨店にたどり着き、一階でインフォメーションを眺める。
「婦人向けバックの取り扱いは一階でいいらしいようですね。その他には化粧品の売り場なんかも大きいみたいですが、先ずは目的の物を見に行きますか」
「ふむ。何やらあちらにあるようじゃの」
言われた方向は入って真っ直ぐの突き当たり。百貨店のメインターゲット層を狙ってか、分かりやすいところに売り場はあった。その中でも目当てのブランドは大きくコーナーを作られているのを見つけ、キツネさんを案内する。
バッグが並ぶ中周りを見回すが、他の客の様子は金持ちとは思えない。まあ本当の金持ちは店員を家に呼んで買うんだろうから、ブランド物を売っていても庶民寄り小金持ち向けのお高い物程度ってところなんだろう。
「……のう、タダシ殿。随分と値が張るのう」
「んー、まあ、高級バッグの値段としては上の下なんでしょうけどね」
展示された黒くツヤのあるバッグを睨みつけるキツネさんに応える。実際その値札には平然と六桁の数字が書いてあるが、高い物は七桁余裕の世界だし。
「普通の人には、結構気合いを入れた買い物ってとこですかね、これは。デザインの良し悪しは分かりませんが、悪くはない選択なんだと思います」
「なんじゃ、自信なさ気じゃのう。しかし、儂はもっと気軽に使える物がよいの」
「ゆっくり見て回りましょう。皮革製でなければもっと手ごろな値段の物もあるみたいですし、別にこの会社の物を選ばなくてはいけないわけではないので」
「ふむ。そうするかの」
ファッションに疎い俺が知っているような有名ブランド、なんかよくわからん海外ブランド、国産をうたったブランド等々。素材も様々であれば、形状も様々。
気軽に触れられる安めの物を手にとってみては、店員さんが分かるような分からないような説明をしてきたり。
ふらふらとあちこち見て回る。まさしく物見遊山である。
「先ほどの者は『収納スペースが使いやすく区分けられてまして』などと勧めてきたが、街中を歩くのに何をそこまで区分けして持つのかのう」
「財布、鍵、携帯電話、定期入れ……電車に乗るカードを入れるものとか、そういう外出時に持つ細かいものを何処に入れるのかを決めておくと便利ですから。他にも水筒やら仕事の資料やら、女性の場合は化粧品とか身嗜みを整える物を入れたりもしますね」
「ふうむ。鍵などなくとも出入り戸締りは出来るし、財布とカード入れは同じじゃし、化粧はせぬし、身嗜みなど術でする。仕事は……仕事のう……」
仕事仕事と呟くキツネさんの様子は、はたから見ると、内定が決まらない休日の女子学生であろう。横を通り過ぎたおばさんがちらりとこちらを見たが、不憫に思われたりしただろうか。
「仕事でなくとも、筆記用具とかを入れておくのはいいんじゃないですか?何か書き残したり、書いて考えをまとめたりすることもあるでしょうし」
「物覚えは良いほうじゃし、儂は小難しいことは考えぬからの。どうしたものか」
「適当にトートバッグあたりでいいんじゃないですか。ああいう、肩からも下げられるもので」
そう言って、シンプルなベージュ色のバッグを指し示す。キツネさんは俺の指の先をちらりと見て、顎を摘まむように手を当て思索にふけるかと思いきや。
「タダシ殿が腰に付けている入れ物はどこじゃ」
唐突に俺のウエストバッグについて尋ねてきた。
仕事柄カジュアルな格好で通勤するのが許されている上に手荷物も必要ないので、俺は財布と鍵と定期入れを入れっぱなしのウエストバッグを身に付けて外出するのが常である。
しかし。
「これは男向けのものなんで、女性向けのものしかないここには無いですね。それにゴツいというか、武骨なデザインが多いと思いますが」
国内メーカーの、質実剛健な作りをしたものなのだ。パッと見て華奢にも思えるキツネさんに合うだろうか。
「見て回るにはかまわないじゃろう。ほれ、連れて行ってくれんかの」
「んー。じゃあ、これを買った店に行きますか」
本人が見てみたいと言うのであれば是非はない。上機嫌に腕を絡ませてくるキツネさんと共に百貨店を出て、ちょっと歩いた所にある小さな鞄専門店へ歩を進める。
「スカート姿に似合うバッグあるかなあ」
「ほう。そんなことも考えてくれていたのじゃのう」
「そりゃまあ。男向けのデザインのバッグには、俺が履いているようなジーパン姿とかだったら女性でも違和感ないかもしれませんが。でも、キツネさんは尻尾の関係上こういう服は着られないでしょう」
「尻尾ならどうとでもなるが。ふむ。男女の違いから着る物も違い、持つ物も考えなくてはならんか。何処も変わらぬものよの」
どうやら異世界でも男女の違いってものは色々と様式に違いがあるようだ。
「でも、男女関係なくとんでもない格好している奴もいますから。キツネさんがスカート姿で男向けのバッグを持っても、ちょっと変わってるな、と思われる程度が精々だと思います」
「変わり者が居るのも何処も変わらぬの」
キツネさんが一番の変わり者なんじゃなかろうか。まあ言わぬが花か。