キツネさん、仕事を語る
百貨店。デパートという奴だ。なんだかんだ言って、女性向けのバッグを見て回るには一番効率がいいと思う。そこそこに品、値段とも幅広く取り扱っているはず。
「キツネさん、バッグも財布と同じく、高い物は軽く百万円を超えます。今から見に行くところは、それよりかは少し値が下がるものが多いはずですが」
「何もそんな高い物でなくともよいのじゃがの」
「先ずは見てみるだけでもいいでしょう。俺には細かい違いがよくわかりませんけど、高い物なんでしっかりした物ですし」
案内をしようとしているくせに、やたら高いブランド物は実は嫌いだ。ブランドそのものが嫌いというわけではないな、スウェット姿のねーちゃんがブランドロゴがこれでもかと入った財布だけ持ってコンビニに行くのが滑稽だなと思ってしまう。高い物はそれに見合った姿をした者が持つべきだろうと。そういうねーちゃんは男から貰っただけかもしれんが。
まあ丈夫で長持ちなので、費用対効果が良いからボロボロになるまで使うということならば分かる。十代の時に持っていたナイロンの財布は二年ともたなかったが、お下がりで貰った兄貴が使い古したイタリアメーカーブランドの財布は六年もった。兄貴が使っていた期間を考えれば費用対効果は良いものだろう。
なので、次に自分で買った財布も同じブランドのものだった。同じブランドのバッグはいくらくらいになるだろうか。
「今から行くところは、俺が持っている財布を作っている会社の物を置いています」
「ふむ。タダシ殿の財布は上出来なものじゃったの。ちなみにあれはいくらじゃ」
「五万円くらいだったかと」
「ご!?」
驚いたのか、キツネさんが俺と組んでいた腕に力を込める。柔らかいものが当たって気持ちいい。
「いや、いや。下着も高い物と安い物とあったからの。作り手の腕や素材の差によってはそれくらいの差が出来るということかの」
「職人の手間賃分は確かに料金に乗っかっているでしょうね」
半分くらいはブランド戦略上の値段な気がするが。
「誰某が作った物だから高い、ということじゃな。分からんでもないのう。儂でなくても出来ることを、わざわざ儂にやって欲しいと言ってくる者はいたしの」
「へえ、キツネさんのあちらでの仕事ですか。魔物を狩るとかは前に聞きましたが、他にはどんなことしてたんですか?」
次元の穴を打ち開けるレベルの人が普段やっている仕事ってのはどんなものなのだろうか。純粋に興味がある。
「支払いが良いか気分が向くかすれば、なんでもするがの」
「なんでもですか」
「荷運びでも、開拓でも、狩りでも、産婆でも、治療も、弔いの儀式でも」
「なんでもすぎやしませんかね」
一言目には随分と庶民的な仕事だなと思っていたら、後半はどういうことなの。キツネさんの自己申告年齢からすると、人生のおはようからおやすみまで暮らしを見守られた人もいるんじゃなかろうか。
「大抵の者は魔術の得手不得手があるものじゃが、他人に出来て儂に出来ぬ術は未だ見たことがない。それは儂に出来ぬ仕事なぞないということじゃ。流石に熟練の職人と同じ仕事をしろというのは手に余るかも知れんがの」
「魔術で、やったことのない仕事でも上手くやってのけることが多いということですか」
「そういうことじゃの。こちらでは何の仕事でも機械が絡んでいそうじゃから、そう上手くはいかなそうじゃが」
「機械が全く分からない人も結構います。頑張ればなんとかなりますよ」
仕事の客が画像をメールで送ってくる手筈になっていたときに、電話でどうやって送ればいいのか聞いてきたことがあった。添付してくれたらいいと言ったが、添付の仕方が分からないとのたまった。やんわりと、お前のパソコン触ったこともないのに分かるかボケ、メーラーの仕様くらい自分で調べて送れと言ったが。
世の中割と馬鹿が多いなと思ったものだが、脳のリソースをそちらに割り振らない人種なだけで馬鹿ではないのか、とも後々思った。
「新しいことを学ぶ姿勢があれば、大抵は乗り越えられるものです」
「魔術無しで儂に出来る仕事があるのかのう」
「こっそり魔術使って効率良くこなせそうな仕事ならいくらでもあると思います。魔術で他人より上手くこなせることはさっさと済ませて、不慣れなこちらにしかない作業は時間をかけてやる、とかすればなんとかなるんじゃないかと」
空間跳躍なんか出来るなら何処だって通用するだろう。配送業をやればどんなことになることか。
「ところで、わざわざキツネさんにこそやって欲しいと持ち込まれた仕事ってなんです?」
「多すぎてあまり覚えてないがの、位の高い者などが持ってくるものじゃ。儂を小間使いする気かと捻り上げたら、ここしばらくはこないがの」
「荷運びは小間使いの仕事では」
「旅先で稼ぐときにする程度じゃ。家に居る時は引き受けたりせん」
ありゃ、じゃあ配送業はナシか。いや、こっちではやってもいいのかな?
それより、位の高い者って貴族のことだろうか。従三位とかの。貴族を捻り上げるのか。怖いものなしだな。怖いものあるのだろうか。