キツネさん、名付ける
朝八時前後、休日に起きるにしてはいつもより少し早い。明かりはついたままだ。
キツネさんが輝夜のエアマットにくるまれて、寝袋のように顔だけ出して寝ている。寝息は小さい。
輝夜は睡眠が必要ないのか、触手を二本出してラノベを読んでいるようだ。言葉がわかるって文字もわかるのか。視覚はどうなっているんだろう。
「おはよう、輝夜。朝の挨拶、わかる?」
三本目の触手を出してぴょこぴょこと縦に振る。頷いているのか。本当に器用だな。
とりあえず洗濯機回そう。そういえば、キツネさん巫女服のまま寝てるな。まあ、スライム寝袋を見るに寝心地は良さそうだが、寝間着を見繕わなくてよかったのだろうか。洗濯どうしよう。
洗濯物が入ったプラスチック製の籠を持ってキツネさんを眺めて考えていたら、輝夜が手の甲に触れてきて、籠の中の洗濯物をつつき、触手をクエスチョンマークのように曲げた。点を表すためか、球を作っている。
「これは何かってことかな。服だよ、これから洗うんだ」
俺の言葉になにを思ったのか、輝夜は籠ごと洗濯物を包み込んで奪った。そしてすぐに籠を吐き出し、少し間を置いて靴下を一つ吐き出した。
触ってみると、一日身につけていた衣類特有の脂っ気がない。靴の中で行き場のなかった汗の水っ気もない。においもない。それどころか、籠もよく見てみると埃もない。
「これは、洗ってくれてるのか?」
触手が頷く。
マジか。どうやってんだこれ。ひょっとして、キツネさんの服も寝てる間に洗ってんのか。通りで着替えもないはずだ。
俺は感動していた。
料理が面倒で食事はほとんど外食•中食で済ませてしまう俺としては、最後に残る家事は洗濯•掃除である。
床を這いつくばる掃除ロボットなんて目じゃない能力を見せつけられた。
ああ、輝夜が名前の通り輝いて見えるっ!
朝だけど。
「ん……ん?タダシ殿、なにをしておる?」
エアマットから伸びて洗濯してくれている球状の輝夜を、俺は思わず目線45度斜め上に掲げていた。
そんな俺を、キツネさんが首を傾げて見ていた。エアマットがリクライニングチェアになっている。使用者の目覚めに合わせて起床をスムーズにサポート。
輝夜よ、なんなんだお前は。あと料理出来たら理想の主婦だぞ。
「タダシ殿?」
「あ、いえ、輝夜の洗濯に驚いているところでして」
「なるほどの。輝夜がその手のこともやってくれるのは、儂も大変助かっておる。人の手でするよりも手際が良いしの。湯浴みが出来ぬ時は体の汚れも落としてくれるし。あちらでも羨ましいとよく言われる」
人の手でってことは、洗濯板とかで洗うのだろうか。だとしたら、輝夜の便利度はこちらの比じゃないだろう。
「しかし欲しいと言われてもこやつが懐いてくれておるだけで、儂がなにを出来るものではないのじゃがの。成りはこんなじゃが人と同じじゃ。思うがままにしておるだけよ。恐らく、今は儂の世話がやりたいことなのじゃろう。タダシ殿の洗濯の手伝いも、儂の世話の礼のつもりかもの」
「そもそも、なんで懐いてるんです?」
「んー、元は片田舎で見つかった夜に光る石で、珍しい物があると聞いて訪れた儂が埃を落とすために洗ってやったら水を纏い、今のように動くようになり懐いた」
「……それだけですか?」
「懐くまでの話ならの。その後、更に纏う水を増やし、光る石がいつの間にか無くなり、やたら大きくなって小さいのを二つ産み、その片割れがこいつじゃ」
言葉は理解出来るんだが状況がよく分からん。
「もう一つの小さいのは、石を拾った老夫婦の世話を……しておるのか、されておるのか、まあその家に居る。大きいのは何処かへ行った」
話の間に洗濯が終わった。
何処かへ行ったで済ませていいのだろうか。
「その後にこやつらが新しく産んだことはないの。大きいのはなにをしてるやら」
「大きいのが世話になった礼に小さいのを産んで、キツネさんの世話をしてるってことでしょうかね」
輝夜が頷く。本人(?)に肯定されてしまった。
義理堅いのか、水がそんなに重要だったのか。
輝夜の触手に右手人差し指で触れてみる。
どういう生き物なんだろう。ファンタジーのスライム的には、光る石とやらが核で、核に依存しないものへと進化し、故に分裂が可能になったってあたりか。
そもそも水と光を与えておけばいい生き物ってなんだ。植物か。植物かこれ?
いや生き物なのか。生き物って定義はなんだ。
生きるってなんだ。
「懐かれておる理由としてはつたないが、それ位じゃ」
「え、あ、ありがとうございます」
思考が空回りしていた。
置いておこう。
「しかし、そうなると輝夜っていうのは、もともと石、もしくは大きい奴の名前なんですかね?」
「輝夜石じゃったかの。石でなくなったから輝夜と」
「それじゃあ、俺なら人間って呼ばれるようなものなんですかね。他のも輝夜って呼ばれているなら、名前は欲しくないのかな」
「ほう。儂は狐と呼ばれて差し支えなかったが、輝夜は確かにどれも輝夜じゃったの」
輝夜がもの凄い勢いで俺の右腕を蛇のように絡みつきだし、胴体に巻きつき、終いには胴上げされた。胴上げというかタワーブリッヂに近い。
「ちょっ、な、なに!?」
「あっはっは、嬉しいんじゃろうよ。すまんのう、今まで気がつかんで。あっはっはっは」
「と、とりあえず降ろして」
ゆっくりと降ろしてもらうと、輝夜は音もなくキツネさんと俺の間で跳ね回っている。
「あー、びっくりした」
「よほど嬉しいのかの。これほど活発に動くのは珍しい」
輝夜は跳ね回って、跳ね回って。
分裂した。
「……えーと」
「これは……」
俺に巻き付くのと、キツネさんに巻き付くのと、二つ。
「タダシ殿に仕えるということじゃろうかの。儂も驚いたわ」
「これは、仮にキツネさんが帰っても俺のところに残るってことなんですかね。俺はいいけども」
「なに、構わんじゃろ。そやつとてタダシ殿の迷惑になるようなことはせんよ」
お客さん程度に思ってたファンタジーが本格的に身内になるとなって、現代日本人として悩ましいが、うん、まあいいや。
そんなに喜んでくれるなら、ちゃんと名前を考えてやらないと。
輝夜か。思いつくのは竹取物語。でも、仕えてくれる存在のイメージには遠いな。
サーバント。英霊じゃねーし公務員でもねーし。
透明度は高いけど、見た目からしてデジタルデビルな仲魔って感じだよな。それだと外道じゃねーか。
単純にこいつの由来から考えるか。小さい輝夜。小夜。水をつけて、文字を少し弄って沙夜。字面がなんかやだな。小さい輝夜姫。小姫。沙姫。沙の字には砂という意味があったはずだ。元が石なら由来にも合うだろう。
「それじゃあ、さんずいに少ないに姫で、サキ。サキはどうだ?」
俺に巻き付いていた輝夜と呼ばれていた者は、そのまま胸の前で頷く。
「ふうむ……姫か。まあ、産むのは女じゃしの。思いもせんかったわ。ぬう……元は光る石じゃし、玉からとってタマでどうじゃ」
そんな犬猫みたいな。キツネさんからすればペットみたいなもんなのかも知れんが。
頷いてるし。
「しかし、分裂して大丈夫なんですかね」
「んー?んー、儂にも分からんよ。こやつらがいいのであればいいのじゃろう。のう?」
サキもタマも頷いている。
まあいいか。俺にだって分からん。
コンゴトモヨロシク