キツネさん、生活費を計算する
そもそもキツネさん付きの輝夜スライムにタマと名付けてるから、キツネさんが玉藻となるとタマタマコンビになってしまう。いや、どうでもいいな。
というか、こんなときこそスマートフォンを使うべきだ。
「ちょっと狐にまつわる名前を調べてみます」
キツネさんに断ってブラウザを立ち上げる。狐の妖怪を調べてみると、いろいろ名前があるらしい。地狐、仙狐、天狐、空狐等々。でもこれレベル別というか、貴族の爵位みたいなもののように思える。これを参照して天狐とか名前をつけるのは、俺の名前で例えるなら近衛侯爵とかそんなことになるんじゃなかろうか。キラキラネームどころじゃねえな。
何か他にヒントになりそうなネタないか調べてみよう。
「タダシ殿、レースは全て終わった。換金もし終えたのじゃが」
ネットに埋もれていたら、いつの間にやらレースは全て終わっていたようだ。
「ああ、すいません。これからどうします?」
「袋が欲しいの。女子は皆、何かしら持っているようじゃ」
「バッグですか。確かに、財布を服のポケットに入れるだけで街を歩く女性はあまりいないですしね」
世の女性は何をそんなに持ち歩いているのか疑問に思えるほど、そこそこ容量のあるバッグを持ち歩いているのをよく見かける。化粧用品と財布以外に何を入れているのか。
しかし、キツネさんがバッグを持って何を入れるつもりなんだろう。この人化粧してるんだろうか。
「それもあるが、安物のせいか稼ぎ過ぎたのか分からんが、金が財布に入りきらんのじゃ」
「は?」
「入りきらん分はタマに持ってもらっておるが、来週も稼ぐつもりじゃし、大きめのものがよいかの」
「……とりあえず外に出ますか。歩きながら聞きます」
ぞろぞろと他の客と一緒にエスカレーターに並ぶ。周囲に注意を払いながら、前に行かせたキツネさんに接近して小声で尋ねる。
「いくら稼いだんですか」
「んふ。今日だけで百万は下らぬな。いやいや、試しに買った三連複の二万が三十倍になって戻っての」
三連複で三十倍というのは、さほど珍しいものでもない。試しに二万突っ込むのはどうだろう。
「はー、よくまあそんな買い方しましたね」
「実の所、そのレースの三連複を合計すると十万遣ったんじゃがの。手に汗握ったのう」
事前に聞いていたら、手に汗どころか胃に穴が空きそうだ。総合倍率では六倍なので、馬券での勝ち方としては、これも珍しくないものではあるか。
「さて、これまでの服に飲み食いに、スマートフォンとやらの分の通信費等も足して、五十万もあれば足りるかの?」
「えーと、通信費の前払い分が四年分以上になりそうですね」
「ふむ。では渡しておくかの」
下りのエスカレーターに先に乗せたキツネさんのうなじのあたりから、タマがニュッと札束を持った触手を出す。
どういう受け渡し方だと突っ込みたいが、とりあえず受け取る。本当に財布に入りきらないとかなんなの。
「些か前払いとしては多過ぎる気がしますが」
「なに、宿代やらも考えねばならんしの。タダシ殿、家賃はいくらじゃ」
家賃の月額に二年に一回の更新料を勘案して考える。
「一月、六二五00円です」
「その他にも色々と掛かるのじゃろう?明かりも、水も、厠も、簡単に使えるということはそれだけ金がかかるじゃろうしの」
「その辺ひっくるめると、月七万前後ってとこですかね」
「半分を宿代として納めると考えると、五十万で諸々の一年分かの」
エスカレーターを下って行き、外に出ると太陽の位置は大分低くなっていた。やはり若干外気は冷える。自然と左腕に絡んできたキツネさんの体温が暖かい。
「家賃とかは気にしてなかったんですけど」
「稼げるならば、世話になる分くらいは払うのが道理じゃろう。そうして、自ら稼いだ金であれば儂も気兼ねなく酒を楽しめるのでな」
昨日も心から楽しんでいた気がしますが。つか、行き着くとこは酒かい。
「お酒好きですねえ、本当に」
「おう。生き甲斐じゃからの。生きるのに必要な飲み食いのことだからこそ、楽しまねばの。そう言えば、先ほどの鮭のおむすびも悪くなかったのう。アップルパイも、こぼれやすくて少々食べ辛かったが、歯触りと甘味が良かった」
食事の話を生き生きと語るキツネさんは、心から楽しそうな声をしている。
最近は、食べられればいいといった食事ばかりしていた気がする。不味くはないしそこそこ美味しいとも思えるが、楽しんでいなかった。現代人だからか、感性の薄くなるような生活をしていたからか。子供の頃は、もっと楽しんでいた気がするな。
「バッグを買ったら、ここらで夕飯をとって帰りましょう。ちょっと奮発して美味しい店に行きますか」
「ほう。何の店かの」
「色々とおすすめ出来る店があります。うなぎの店かふぐの店で熱燗を共にするのもいいですね」
「ふぐ。美味いじゃろうが、あたりはせんのか」
ふぐ調理の免許制の話などをしながら百貨店へと向かう。バッグが欲しいと言っておきながら、キツネさんの頭は夕飯に占拠されつつあるようだった。