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キツネさん、赤くなる

 細い腰に回していた腕を離すと、キツネさんはその場で少し間をおいたものの、特に何も言わずに再び馬券を買いに行った。

 寒いどころか、つい勢いでキツネさんに抱きついてしまったのが恥ずかしくなってきて顔が熱い。何してんの俺。

 頭を抱えていると、どこかソワソワしたキツネさんが戻ってくる。


「いやはや、なんとも。どうしたのじゃタダシ殿」

「からかわれてばっかりだったんで、意趣返しに抱きついてみたものの、ちょっと恥ずかしくなりまして」

「儂もじゃ。暑くてかなわん」


 ぱたぱたと手で扇ぐキツネさんの顔は赤みがかっていた。元が白いのでよくわかる。


「昨日はもっと大胆なことしてたのに、そんな様子なかったじゃないですか」

「いや、その。はー。嬉しいやら恥ずかしいやら。いかんいかん、勝負事は頭を冷やさんとの」


 キツネさんがモニターに集中しはじめる。その間に、買ったスマートフォンの設定をしようとしたんだが、登録に姓名を求めてくる。キツネさんとしか知らないんだが、どうしよう。

 レースやパドックの細かい合間を狙って聞いてみようと様子を伺っていたが、馬券の購入や払い戻しに行っては俺がいるところへ戻ってくるものの、常に眉間に皺を寄せて考え込んでいるような様子だった。

 話しかけ難い。嬉しいやら、と言っていたから怒ってはいないと思うが、今まで常にキツネさんは飄々としていたのでどうしたものやら。悩んでいると不意にキツネさんから話しかけてきた。


「すまんの、タダシ殿。これで最後じゃ」


 ひらひらと右手に持った馬券を扇ぐようにし、ため息混じりに言う。いつの間にか最終レースのパドックも終わっていたらしい。

 違うとは思いながら、念のため聞いてみる。


「ずっと顰めっ面してましたね。怒りました?」

「うん?いや、そんなことはないんじゃがの。少しでも先ほどのことを思い出すと、こう、その」


 キツネさんの顔がみるみる赤くなり、より馬券がパタパタはためく。


「タダシ殿の腕が、息が、こう、な!?」


 発言が変態っぽいんですが大丈夫ですか。あ、気配の隠蔽は絶好調ですね、誰も見てません。バカップルに関わりたくなくて無視されてるとかないよね、これ。


「いやだから裸手前の姿で抱きついてきたのに何を今更」

「いや、何かこう……気を惹くようなことをしてもタダシ殿はこれまで素っ気なかったのが、急に反応して来たので」


 つまり、ツンデレされてドギマギしたと。いやツンデレじゃないな、あえて言うならクーデレか。内心は全然クールではなかったが。


「前もって了承を得て抱きしめる分には動揺しないってことですか」


 キツネさんは何かを睨むように上を向き、次いで左手で目を覆いながら下を向き、ん〜っと呻いている内にどこかの最終レースが始まりそうになる。


「キツネさん、レース見なくていいんですか」

「おっと」


 再びモニターを真剣に見つめるキツネさん。そろそろ名前について聞いても大丈夫だろうか。


「見ながら話せたら教えて欲しいことがあるんですが」

「なんじゃ」


 モニターを見ながら話す余裕程度はありそうだ。


「キツネさんの名前ってキツネだけなんでしょうか。買った機械に持ち主の名前、家名とか個人名とかを入力しないといけなくて」

「生まれ持った名はない。狐の獣人じゃからキツネと呼ばれ、呼ばせておるだけじゃからの。家の名もないのう。子孫達の家名は儂には関係ないものじゃしの」

「他の狐に属する獣人がいたら面倒ではないですか?」

「いるのかもしれんが、儂と娘の他に狐の獣人を見たことがない。まあ、耳と尻尾だけ見れば犬や猫の獣人にも見えなくはないから、分からぬだけかもしれんな。何にせよ、あちらでは儂はキツネで通るのじゃ。娘は名を与えられたからの」


 確かに耳と尻尾だけ見せられても、狐と犬猫の違いはよく分からないかもしれない。生物としては近いんだろうし。茶虎の猫、柴犬、狐の三匹の耳と尻尾を同じサイズで比較したら俺は分からんだろう。実際、キツネさんを最初見たとき犬耳だって思ったし。


「なんなら、タダシ殿が名をくれるかの?」


 キツネさんは楽しそうに言うが、そんな簡単に人に任せるものなのだろうか。いや、いい名前付けてくれるんだろ?っていうプレッシャーなのか。


「うーん……狐の名前だと、こっちじゃ有名な狐の名だったら玉藻とか、葛の葉とか、あとは妲己もか?九尾の狐ってのは名前なんだろうか……」

「ほう、葛の葉とな。娘の名じゃ。狐の名で同じ名がこちらにもいたとは、偶然なのかの」


 よし、とった。と、キツネさんが言う。今のレースは勝ったようだ。あと二つ、他の場所の最終レースがあるようだ。


 そんなことより、葛の葉という娘がいるとキツネさんは言った。近い世界から来た、みたいなことも一昨日に言っていたはず。ならば、キツネさんの子孫の家名とやらは。


「葛の葉っていうのは、こちらでは安倍晴明という人の母親だったという物語があります」

「ほほう、そこまで同じとはの。こちらで孫の名を聞くとはの」


 やっぱり安倍かよ。驚くよりも妙に納得してしまった。


「安倍晴明は、先ほども名を挙げた玉藻という狐の妖怪を退治したというお話もあるんですが」

「はて、魔物退治ならしていたし、狐の魔物も居ったかもしれん。しかし、儂はそのようなことがあったとは聞いておらんな。」


 玉藻はいないのか。でも、玉藻は善悪で言うなら悪側の妖怪だからな。キツネさんの名にするにはよろしくない。

 うーん、どうするか。

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