キツネさん、じっとする
一時間ほどキツネさんの様子を見ていた。
昨日今日でさらに勝負勘を掴んだようで、ガンガン資金を増やしていた。見ていて、最初はすげーなって思っていたのが、だんだん俺の仕事の稼ぎってなんだろうってちょっと悲しくなってきた。
「タダシ殿、どうかしたかの」
「いや、二日間の競馬だけで俺が月二十日以上働いて稼ぐ数字を叩き出されると、なんとも複雑な思いが。上限はあるでしょうが、資金が増えれば増えるほどもっと稼ぐのだろうし」
「ふむ。この調子で稼ぐ自信はあるので、タダシ殿は仕事を辞めてもよいのじゃぞ。むしろ、儂との時間が増えるなら望むところじゃ」
わあい。平日は美人と現代日本観光デート、土日は馬券デートという、権力的な面倒さもない理想のヒモ生活ですね。
「それはなんとも心惹かれる提案ですが、仕事の都合上、簡単に辞めると困る人もいるのですぐには無理ですね」
「儂と一緒にいるのを心惹かれると言ってくれているだけで良しとしようかの」
そりゃあ美人と退廃的に毎日を過ごすなんて、この上なく魅力的ですよ。でも零細会社って一人がいないと途端に回らなくなったりしかねないのです。
美人といえば、昨日ほどキツネさんへの視線を感じない。俺も一緒にちらちら見られる視線がない。これは。
「キツネさん、気配消してます?」
「何度か声をかけられての。婚約者がいるのでと断ったんじゃが、断るのも面倒になっての」
「婚約者ですか」
「間違いではあるまい」
婚約者。馬券場で言う台詞としてはなんとも場違いな気がする。
「しかし、ならば何故俺はキツネさんに気付けたんでしょう」
「知らぬ者に声をかけられぬように気配を消したからの。タダシ殿のように儂を知っておる者は気付く。こちらならば、おそらく誰からも気付かれないようにも出来るがの」
歩くステルス兵器ですか。こちらならばってのが何か怖い。あちらには気配を消しても気付かれる相手がいるってことで。キツネさんレベルの存在がどれだけいるのだろう。
ちと行ってくると言って、再び馬券を買いに離れて行くキツネさん。確かに誰からも見向きもされず、しかし、歩いている人はキツネさんとぶつからないように避けたりもする。気配というか、認識が弄られているようにも見える。
しかし、暇だ。馬券を買うにしてもキツネさんに乗っかった方がいいし、ならば追加投資するだけでいいわけで。
キツネさん用にスマートフォンかタブレット端末でも買ってくるかな。俺が持っているスマートフォンと同系列のものであれば、教えるのも楽だ。
ニコニコ笑顔で戻って来るキツネさんにその旨を伝える。
「おお、それは有難い。費用はいかほどかの」
「物と通信費含めて、ざっくり考えて月一万するかしないかぐらいかと。その辺は後々でいいですよ」
「細事任せてよいかの。金銭のことは日が暮れてからまとめるのでな」
「わかりました。ついでに時間を少し潰してきます」
ということで、西口近辺の大手家電販売チェーン店へ。小さい頃からゲームソフトなどでお世話になっている店だ。他の地区の店舗と違いビルがいくつもあって、それぞれが何かの専門館のようになっている。中には貸しビルのワンフロアでひっそりとアダルトソフトを売っていたりもする。
俺は、このごちゃごちゃした雰囲気が好きだ。綺麗で大きな建物が一つドカンとあるんじゃなく、小さなビルや大きなビルがごった煮になっている乱雑さが。
キツネさんはどうだろうか。昨日歩いて回ったところも充分ごちゃごちゃしていたな。キツネさんは楽しそうに笑っていた。家電なんて見て回ったらそれだけで一日潰れるかもしれない。
キツネさんが楽しそうに歩く姿を容易に想像できる。想像してニヤニヤしている自分に気付いた。周りから見たら気持ち悪いだろうな。でも、そんなこと気にならないくらい楽しい。久しぶりだな、こういう楽しさは。
店で俺が持っているスマートフォンの最新版を買う。電話回線の開通だかなんだかに時間がかかるという。そういえばそんなものもあったな。買い替えなんて、そう頻繁にしないから忘れていた。
時間を潰してスマートフォンを引き取ってから馬券場に行っても、まだまだレースは終わっていないはず。何をしていようか。キツネさんへの買い物は、本人が見て回りたいだろう。自分の買い物……も、特に何もねえな。
天気もいい、まだ肌寒いが散歩もいいだろう。小さな店も大きい店も新陳代謝の激しい街だ、見て回るだけでもいいだろう。
よくねえわ、ちょっとうろうろしてたけど今日少し寒いわ。中央公園まで歩いてみたけど散歩してる人影なんかほとんどねえ。スマートフォン受け取って戻ろう。
キツネさんの元へ戻ると、笑顔で迎えてくれた。
「お帰り、タダシ殿」
「買って来ました。散歩するには、外は少し寒いですね」
「冷えたか。暖めてしんぜようかの?」
少し甘く悪戯っぽい声とともに、キツネさんがしなだれかかるようにしてくる。
「……そうですね、お願いします」
キツネさんの腰に手を回し、背後から抱きつく。
「た、タダシ殿?」
「暖かいです。すごいですね、誰も俺達を気にしてません。次の馬券を買いに行くまで、こうしていていいですか」
「ん……お、う」
俺の方から放すまで、キツネさんは喋らずにそのままでいた。
俺の方から放さなければ、ずっとそのままだったのかもしれない。