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キツネさん、昼食を忘れる

 サキのおかげでスキャンが捗る捗る。俺の微調整の方が追っつかない。ひたすら作業していたら溜まったアニメの流し見も終わってしまった。

 時刻は午前十一時頃。朝飯を食べていないので腹が飯を寄越せとうるさくなってきた。


「そう言えば、サキはご飯は水でいいんだっけ?他に必要なものがあったら教えてね」

『主さまがおやすみ中にいただきました』

「……あるじさま?」


 で、いいんだよな、読み。そしてそれは俺のことか。


「俺のことなの、かな」

『はい主さま』

「俺が主様ね。なんか変な感じだなあ」

『マジすか?じゃあダンナとかどうっすか?』


 急にちゃらくなったな、おい。どこで覚えた。今一緒に見てたアニメか。スキャンした漫画か。昨日読んでたラノベか。全部か。


「いや、あの、サキの好きなように呼んでくれていいよ」

『はい主さま』


 よかった、戻った。ちゃらいのはちゃらいので面白そうだけど。


「それじゃあ俺は外に食事に出ようかな。いや、その前にキツネさんと合流しようか。下手したら昼飯無しに馬を睨みっぱなしになってるかも知れないし」


 昨日風呂に入り忘れていたのでシャワーを浴びようとしたら、寝ている間にサキが体丸ごと洗浄してくれていたという。

 三十路のむさい男の寝床に迫るスライム。なんと美しくなく嬉しくない絵面だろうか。

 気にしないことにして、出掛ける準備をし、サキとともに新宿へ向かう。


 三十分ほどかけて新宿場外馬券場に到着。六階建てなので見つけるのに時間かかるかと思ったが、昨日と同じ四階で普通に馬券を買っていたのをさっさと見つけられた。


「来られたか、タダシ殿。心配してくれたのかの」

「ええ、ちゃんと昼食を買いに行くか心配でして」

「ぬ。確かに、買いに行く暇がないの」


 悪戯っぽく微笑んでいたが、やはり前もって買って来てはいないようで、素の表情になった。


「何か食べたいものはありますか。買って来ますよ」

「ありがたい。そうじゃな、昨日の昼に食べたような、箸を使わずに食べられるものがよい」

「はい、行ってきます。ちょっと時間かかるかもしれません」


 近場にあるのは世界規模のハンバーガーチェーンだが、馬券場ではものを食べている人を見かけられなかったので、匂いが気になる。少し遠いがコンビニに行き、おにぎりやら菓子パンやら飲み物やらを買い込む。昨日のハンバーガーチェーンに比べると少し質が落ちるように感じるかも知れないが、これも一度食べて知ってみるべきだろう。

 休日の繁華街らしく微妙に混みあっている店から、もっと人の多い馬券場に戻る。ちょうどレースの真っ最中かつ、他の競馬場のトラックで馬の紹介をしているようだ。

 キツネさんはどちらも見える位置で腕を組んでモニタを睨みながら何か呟いている。その表情は真剣で近寄り難いものがあった。

 少し離れた場所でどうしたものかと悩んでいると、キツネさんの方が近づいてきた。


「お帰り、タダシ殿。どうかしたかの?」

「いや、何やら独り言を呟きながら考え込んでいそうだったので」

「ああ、独り言ではない。タマに投票用紙の書き込みを頼んでいたのじゃ。レースを見て、パドックを見て、書き込みもしてというのはいささか忙しいのでの」


 そう言うと、キツネさんが差し出した手の袖口からタマが控え目に触手を出してきた。そこには鉛筆と投票用紙が掴まれていた。


「そうですか。はい、これ。適当に選んで下さい、俺もここから適当にとっていくんで」


 お礼を口にしながら、キツネさんは鮭のおにぎりとお茶を手にする。しげしげと眺め、明太子のおにぎりのラッピングを破る俺を見て、同じようにラッピングを破る。俺とは違い、海苔が微妙に破れたりしていない。


「いやいや、今日は全レース購入を目指していたのじゃが、忙しないの」

「目指していたってことは、止めたんですか」

「とあるレースで斜行があっての」

「あー、妨害認定で着順が下がったとか、妨害された側が複勝圏内に届かなかったとかですか」


 おにぎりを一口食べて、無言で頷くキツネさん。斜行などの反則かそうでないか判断が難しい微妙なものは時間をとって審議する。馬券を買うペース配分なんかも難しいのだろう。


「損は大したことはなかったんじゃが、レース展開まで考えようとしたが情報が足りぬし、今ここでするには時間も足らぬ。周りの人々が新聞を持っているのに納得したわ。捻くれていそうな馬じゃったが、馬は反則なんぞ知らぬじゃろうしの」


 馬が捻くれているかどうか、パドックで分かる方が難しいんじゃなかろうか。あと新聞が必要ならコンビニで買ってきたのに。そこまで意識が回ってなかったのだろう。


「少し疲れたのでな、後は単勝複勝をのんびり買っていこうかの」

「あ、単勝複勝以外にも手を出したんですね」

「三連複やら三連単を買うとなると、賭け金を調整するのが面倒でな。元手は十分に出来たしの」


 鮭の塩気が美味いのう、と美味しそうに食べるキツネさんのポケットには財布が入っている。いくら勝ったのやら。


「昨日買った安物の財布だと入りきらなかったりしますかね」

「今は十万円ほど入っておるの。まだ大丈夫じゃ」


 まだレース半分も終わってないですよね。予想外の展開で損もあったんですよね。まだやってないレースの券なんかもあるんですよね。なんでそんなに増えてんの。


「金を稼ぐのは大変じゃのう。次の馬券を買ってくる」


 おにぎりを一つ食べきり、券売機に早歩きで向かうキツネさんの残した言葉に理不尽さを感じる。それも才能の一つと言ってしまえばお終いなんだが。

 戻ってくるキツネさんの笑顔が可愛い。でも憎い。でも可愛い。くそう。

「ああ、独り言ではない。タマに投票用紙の書き込みを頼んでいたのじゃ。レースを見て、パドックを見て、書き込みもしてというのはいささか忙しいのでの」


〈追加文章〉 そう言うと、キツネさんが差し出した手の袖口からタマが控え目に触手を出してきた。そこには鉛筆と投票用紙が掴まれていた。


「そうですか。はい、これ。適当に選んで下さい、俺もここから適当にとっていくんで」

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