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キツネさん、置いて行く

 ランジェリー姿の極上美人お姉さんに抱きつかれて「くすぐったい」などど囁かれるなんてのは歌舞伎町で指名料込みで四十分一万円てところだろうか。俺にくすぐられて呼吸を荒げてへたばっているキツネさんの体温を感じながら、そういえばお気に入りの女の子と携帯番号交換したのに、いつの間にか繋がらなくなって店にも居なくなってて切なかったことがあったなぁとどうでもいいことが頭によぎる。


「ひい、ふう、いかん。タダシ殿、か、厠に行かせてくれぬか」


 キツネさんは呼吸を落ち着かせながらよろよろとベッドから下りてトイレに行った後、再びビールを二本手にして戻ってくる。


「ふー、弱いところを責められ続けて、危うく尊厳を失うところじゃった」

「単に飲み過ぎたのが出ていっただけじゃないですかね。アニメ、さっき見ていたとこまで戻しますよ」


 俺が動画のシークバーをいじっている間に、キツネさんはテーブルの前に座って再びアニメを視聴する態勢に入り、カシュッと缶の口を開ける。ワンピースを着直す気はないらしい。


「あー、笑いすぎたか、渇いた口にビールが美味い」


 どんな時でも何かしら理由をつけてビールが美味いって言いそうな気がする。


 世間の常識を教えるのも含めて、アニメを見ながら所々ぽつぽつと言葉を交わしていたら、いつの間にか俺は眠っていたようだ。窓の外は既に明るく、目覚まし時計は八時半あたりを指している。

 起き上がって周囲を見回すとキツネさんの姿がない。トイレに向かってみるが照明のスイッチは入っておらず、ノックをしても反応がないので、中を確認してみてもやはりいない。ドアを閉じて玄関を見ると靴もない。

 はて、何処に行ったのやら。


「サキ、何処にいる?」


 部屋の中央に戻りながら、同じく姿の見えないサキを呼んでみる。すると、触っていないのにプラスチック製の三段の衣装ケースの一番下の段が引き出され、サキがにゅるんと這い出てきた。

 何をしていたのだろう。入っていた服は変わりないようだが。


「おはよう、サキ。キツネさん、どこに行ったか知ってる?」


 知っていたら筆談でもしてもらおうかととりあえず聞いてみると、サキはテーブルに移動して一枚の紙を取り、俺に差し出す。

 何やら随分と達筆な文章が鉛筆で書いてある。


 忠殿へ

 新宿の馬券場へ行ってくる

 レースが終われば戻る

 忠殿は明日からの仕事に備え

 今日は英気を養うとよい

              狐


 どうやら書き置きをしてくれていたようだ。判読に苦労した。

 見ていたアニメには仕事のシフトなども話題にあったので、俺は週休二日だということなども話していた。気を遣ってくれたのだろう。それにしても出かけるには早い気がするけど、まあ散歩も兼ねてるのかもしれない。

 昨日のスーパーの帰りを考えれば、気配を消すなんてのは片手間に空間跳躍くらいは軽くやってのけるようだし、心配無用だとは思うが、どうしよう。

 実際、朝から夕方まで馬券場のような賭け事をしているところにいると疲れるので、一緒に行かなくていいというのはありがたい。新宿に迎えに行くとしても午後に予定して、午前中は土日に見る予定だったアニメの最新話を消化でもしよう。


 アニメを見ながら断裁した漫画のスキャンをする。違法配信するためではなく、単純にデータとして個人所有するためだ。正当に買ったものをスキャンして持っている証明のためにバーコードなどが印刷されている部分はとって置いて、後は捨てる。

 それもサキが手伝ってくれている。俺のやっていることを軽く説明すると、印刷物を置いてスキャナーのボタンを押すという流れは分かりやすいようで、すぐ作業を理解してくれた。俺はアニメを見ながらスキャンした画像を片手間に軽く修正していく。

 ああ、楽。


「サキ、ありがとうな。本当に助かる」


 御礼を言うと、サキはゲル状の体の表面に判子のように明朝体の文字を浮かび上がらせ、『どういたしまして』と返事をしてきた。

 本当に器用ね、きみ。


「言葉を理解しているのは分かってたけど、そうやって会話も出来るのか。すごいな」

『きのう文字おぼえました』

「……昨日?一日で覚えたの?」

『あちらの文字をおぼえるよりラクです』


 もともと読み書きは出来ていたということか。確かにキツネさんの筆跡を見る限り、判別は容易いだろう。

 しかし、喋る事が出来たらもっと楽にコミュニケーションとれるんだけど、そこまで望むのは欲張りだろうか。


「そっか。声は出せないのかな」

『わからないです』

「声の出し方が分からないってこと?」

『そうです』


 空気を吐き出す時に声帯を振るわせ、口の中を動かして音を出すってのを、サキになんて教えたらいいものか。


「そっか。声を出して喋ってみたい?」

『こだわりはないです』

「そ、そう」


 コミュニケーション方法ってこだわりとかそういうものがあるものだろうか。声が出せるなら喋ってくれた方が俺が楽だ。


「まあ、追い追い声を出せるか試してみようか」


 サキは俺の提案にピョコピョコと触手を出して頷く。イエス、ノーならこうした方が楽なんだろう。

 よろしくな、と言いながら触手を撫でた。

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