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キツネさん、くすぐる

 食は進み、テーブルの上には枝豆とビールしかなくなった。俺は空いた容器を片付け、ベッドに横になりながらアニメを見る。モニターでは、異世界出身の主人公に対し現代日本の女子高生がラブコメの波動を発している。


「何故、据膳を食わぬのかのー」


 ビール五本目に突入したキツネさんがモニターを眺めながら呟く。一本半で顔が真っ赤になった俺とは違い、平然と飲み続けている。

 キツネさんの座椅子になっているタマは、飲み終わった缶の洗浄と圧縮をしてレジ袋にまとめている。サヤは部屋中を掃除している。這った後の壁紙がやけに白い。深夜通販の海外の洗剤やスチーム洗浄機もビックリの能力だな。


「何故じゃろうかの、タダシ殿?」


 キツネさんが俺に流し目と共に問いをよこす。儂に手を出さないのは何故じゃという雰囲気を感じる。


「そもそも配膳されてるんですかね」

「ほほーう」


 キツネさんは半眼になって缶をテーブルに置くと、立ち上がって背中のファスナーを下ろし、ワンピースをすとんと足元に落とした。再び白い肌と黒い下着の艶かしいコントラストがあらわになる。


「つまり、きっちり配膳すれば手をつけると」


 そう言って、缶を右手に持ってベッドに座った。俺の太ももを撫でるように細い左腕を置き、腹をくすぐるように尻尾が触れる。


「いや、だとしても無闇に手を出すのが問題あるとか考えていたりするんじゃないですかね」

「問題とは?」

「純潔は無闇に汚すものじゃないとか」

「純潔のう。そんなもの守れと言うのは権力者くらいじゃないかの。農村などでは経験豊富な者が若者に手ほどきするのはよくあることじゃが」


 こちらの日本でもそんな風習があったとは聞く。そのはてに子供が産まれたら、種が分からずとも村全体の子供として育てるとかなんとか。


「しかし現代日本では、行為の果てに子供が産まれると届けを出さないといけません。婚姻を結ぶ、いわゆる夫婦になるのにも届けが必要です。婚姻関係の届けのない男女間の子は、法の上では母親だけが親とみなされます」

「ふむ。なにやら面倒くさいの」

「まあ、その後でも父親を法的に決めることはできるんですが、この主人公は籍を捏造したのでばれると大変です。それ以前に、日本では成年は二十歳と決まっていまして、このアニメの女の子はまだ未成年なので親の許可がないと結婚出来ないわけです。つまり、未成年に手を出して子供が出来たりすると人間関係が大変なんですね」


 まあアニメの高校生の恋愛でそんなこと考えて物語作ってるわけないけれども。


「ついでに、両親が日本国籍を持っていない不法滞在者だと、子供も不法滞在者とみなされて日本国籍を持てません」

「ふむ」

「それとこのアニメとは逆に、不法滞在者の女性と日本人男性との間にできた子供は、父親が自分の子と認めない限り日本国籍を持てないんです。それ以外にも色々と面倒ですし」


 むむむ、とキツネさんが唸る。ビールをぐいっと煽り、空になった缶をタマに投げた。タマは少し軌道が逸れた缶を見事にキャッチして処理をする。


「それはつまり、今の儂が子を成すのは得策ではないと」


 キツネさんが据膳の対象は自分だと明確に話題にしてきた。やはり胡乱な言い回しはあまり好かないのだろう。


「故に、タダシ殿は儂に手を出さぬというのかの」

「いえ、理由の一つではありますが、一番大きな理由は単純に俺の都合です」

「都合とはなんじゃ」

「恥ずかしいから秘密です」

「ええい、おぬしは乙女か!言わんか、この、この」


 少し語気を荒くしたキツネさんに、両手の人差し指を立てて脇腹を何度も執拗につつかれる。

 くすぐりに弱いので、たまらずに体をくねらせて避けようとしたら、マウントポジションをとられた。視覚的にも感触的にもとても幸せな体勢だが、楽しくなってきたのだろうキツネさんが、笑いながら言え言えと執拗につついてくる。幸せだが、つらい。

 止めるためにキツネさんの両腕を掴む。そのまま乱れた呼吸を整えるために静止していると、キツネさんがゆっくりと被さってきた。キツネさんのつむじが見える。

 アニメのエンディングテーマが聞こえる。そのままどっちも無言でいたら、次回予告を終え、次の話が始まった。

 息は落ちついたが、心臓がうるさい。それを聞きつけたか、キツネさんが口を開いた。


「早鐘のように鳴っておる。ふふ。もうつつかんから、離してくれぬか」


 掴んでいた腕を離すと、抱きつくようにして俺の両脇の下に滑らせてきた。


「……のう、さすがにここまでして何もされぬのは辛いのじゃが」

「奇遇ですね、俺も我慢するのはなかなか辛いです」

「ふむ。ならば、どうしたら我慢せずともよくなるのじゃろう」

「そうですね……夫婦になれば我慢する意味もなくなりますね」


 多少言葉を選んでみたが、はたから見たら随分と小っ恥ずかしいプロポーズみたくなってしまった。


「ええと、届けが必要と言っておったな。なにやら相当手間をかけねば、こちらでは儂はタダシ殿と夫婦になれぬのでは」

「そうですね。どんな経緯をたどっても面倒になりそうです」

「まあよい。タダシ殿が儂を夫婦になってもよいと思うてくれているのは分かったしの」

「俺としては、会って一日しか経っていないのに、キツネさんが俺とそうなりたい理由の方が分かりません。なんでです?」


 うだつの上がらないおっさんと結婚したいと言う女性なんて、美人局しか思いつかない。そんなことはないと分かっている。だとすると、余計に分からない。

 そうじゃのう、と言って尻尾をパタパタと何回か振って、つむじが見えていたところにキツネさんが顔を見せて一言。


「恥ずかしいから秘密」


 これはくすぐれってことですよね。そう受け取りますよ。

 足でキツネさんの下半身を固定して、露わな脇腹を急襲する。


「乙女か!この、この」

「ひぃ、うふ、何をするか、儂は乙女じゃ!恥ずかしがって何が悪いかっはっはっははは」

「乙女が!この、この」

「ひぃ、ひっ、意味が分から、ふあっ、止め、止めんか」


 俺以上にくすぐりに弱いのか、涙目になって悶えるキツネさんは可愛かった。

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