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キツネさん、乾杯する

 キツネさんと腕を組んで部屋に戻ると、タマが台所で枝豆を流水解凍していた。タマの体を器にして。小器用に枝豆そのものは持って行かれないようにして、水道から落ちる水を上手く下部から排水している。

 台所下の収納からプラスチック製のざるを取り出す。


「タマ、そういう時はこのざるを使ってくれたらいい。解凍自体はすでに済んでいるのかな?」


 タマがひょろりと触手を出して頷く。ならばと、ざるはしまって他の器に盛って軽く塩で豆が潰れない程度に揉み、空き皿を一つ追加してテーブルに持って行って座る。

 テーブルには買った惣菜等がきっちり開けて並べられていた。ビールはどこかと見回すと、キツネさんが冷蔵庫から四本取り出して来た。既に全て冷蔵庫に入れていたようだ。


「さて、飲むとしようかの」

「じゃあ、昨日は忘れていましたが、乾杯しましょうか」

「乾杯?」

「ええ。カンパイと一言交わしあって、杯を軽くあてるんです。祝い事や宴会などで行う酒を飲む前の挨拶みたいなものでして。何かに祈りを捧げたり祝したりします」


 缶の口を開けて目線の高さに持ち上げると、キツネさんも追って持ち上げる。


「さて……それではささやかながら、異世界間の交流を祝して。乾杯」

「乾杯」


 コツ、と軽く缶をあてて三口ほど流し込む。昼以降何も飲んでいなかったり、色々歩いて回っていたのもあってか、すこぶる美味い。


「くあー、美味い。美味いのう。昨日のビールも良いが、こちらは軽くさっぱりとしていて乾きを癒すにはぴったりじゃ」


 さっきまで思わせぶりにしなだれかかっていた美人は何処に行ったのやら、あぐらをかいてビール缶を煽る姿は競馬帰りのおっさんである。

 何か意図でもあったのかと思っていたが、どうでもよくなってきた。

 枝豆を口にし、さやを空き皿に捨てる。解凍は出来ているようだ。素朴な豆の後味をビールで洗い流す。キツネさんも枝豆に手をつける。


「ふむ。単なる豆じゃがこれは良いな。ふむ」


 かなりお気に召したのか、枝豆だけで早々に一つ目の缶を空け、二つ目を開けた。


「ふうむ、こちらも軽いの。大分安かったが、値段に比べて味が落ちるというものでもなさそうじゃ。個性の違いに思えるがのう」

「ビールが好きな人は、ビールじゃないから飲めたものじゃないと言う人もいますけどね。キツネさんが気に入ってくれたなら結構です。毎日飲みたいなら、値段は気になるところですし」

「ふむ。昨日のビールはたまにでもよいかの」

「そうして頂けるとありがたいですね。まあキツネさんが安定して稼ぐようになったら、自身の裁量で何を飲んでもいいんですが。さて、先ほど見たアニメの続きでも流しますか」


 立ち上げっぱなしのパソコンを操作してアニメ全話の視聴権を買い、モニタに全画面表示で流す。好きな作品なので、過去見たことがあるものとはいえ、俺も再度視聴するのは楽しい。


「アニメを見て唐揚げや枝豆を食べて冷えたビールを飲む。贅沢じゃのう」


 三本目の缶に手をつけながら、満足そうにキツネさんは呟く。

 独り身の男女が安売りの発泡酒を飲んでアニメを見るのが贅沢なんてのは日本の社会人としては底辺層だと思うが、キツネさんは楽しそうであるし水をさすようなことを言わなくてもいいだろう。


「贅沢ですか」

「うむ。あちらでは、冷えた酒など術使いか金持ちしか飲めぬ。冷凍した食べ物も同じ。油で揚げる料理もこちらほど手軽ではないしの。アニメは言うに及ばず」

「キツネさんが楽しめているならいいんですが」

「ふふ、楽しいぞ。酒だけではない、タダシ殿と見て回ったもの全て楽しい。ありがたい。タダシ殿は、何故こうも見知らぬ者に親切にしてくれるのかの?」


 ファンタジックに突然現れた美女に親切にするってのは、日本のサブカルに浸かった男なら割とよくある思考だと思う。これが窓ガラス叩き割って入室とかだったら、どんな美女でも通報待った無しだ。


「キツネさんが美人だから、鼻の下伸ばしてるだけですよ」

「美人と思うなら、同じ屋根の下で寝るとなると不埒な行いをしたくなるのではないかの。昨日などは儂よりも早く寝てしまったし」

「意思を持つ水の塊のようなよくわからないものを連れた、世界の間に穴を空けるような人をどうやって押さえ込めってんですか。俺の腹に穴を空けるほうが簡単でしょうに」

「いや、まあ、確かにそうなんじゃがの」


 キツネさんが善人なら単に歓待する、悪人なら圧倒的な力の前に一旦言うことを聞かざるをえない、簡単な話だ。独り身だから自分の命を軽く見積もっているのも否めない。


「キツネさんが男で、男色の趣味があったら逃げ出していたかもしれませんが」

「儂は生やせるがの。一度経験してみるのもいいかも知れんぞ?」

「逃げていいですか」

「冗談じゃよ、冗談」


 男は無理だが女性に掘られるのは良い、というニッチな人もいるらしいが、俺は違う。違うと思う。多分。

 ケラケラ笑うキツネさんが差し出した赤飯が、なんだか意味深に思えてくる。

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