キツネさん、腕を組む
小学生が言う一生のお願い並みに薄っぺらい愛の言葉をスルーして、キツネさんにビールをカゴに入れて下さいと頼むと、嬉々として作業を始める。
闇カジノでパチンコ大当たりしたかのような至福の表情で丁寧に丁寧に。カゴ内の食料を潰さないように重ね、それらが崩れないように缶で隙間を詰めて行く。20本をちょっと超えたくらいでカゴの許容量いっぱいになった。
「これだけ買えば十分でしょう」
「いや、全種類にはあと少し足りぬ」
変なところで意地汚いというかなんというか。ビール以外にも酎ハイ系の缶とかもなんとか持って行けないかと思考しているようだ。
「十分でしょう」
「いやタダシ殿、儂があと数本手で持って行けばよかろう」
「ビールのアテには枝豆とかがいいんですが、全種類買うとちょっと持てそうになさそうですね。塩が利いた枝豆をぷちぷち食べて、軽めのビールで後味を流し込むように飲むのもいいもんなんですが。しょうがないですね」
「酒はここらにしよう。枝豆とやらはどこじゃ」
刺激された食欲に素直すぎませんかね。
調理済み枝豆なんかも売っているが、冷凍枝豆でもそこそこおいしい。そっちのが量的には安いし調理するのも手間がかからない。
ということで重いカゴを持って冷凍食品売り場に向かい、枝豆五百グラムを二袋キツネさんに持ってもらう。
「なんじゃ、これも冷たいのう。シェイクとやらも冷たかったが」
「冷たいのは凍らせて保存するためです。ここらに並んでいるのは全てその冷凍食品ですね。出来上がった料理を凍らせたものが多く、温めるとそのまま食べられるものが多いです。この枝豆は、水を三分ほど流してやれば食べられます」
「わざわざ料理を作って凍らせるとの。寒い地域では野菜を腐らぬよう氷室を使うのは知っておるが」
「まあ、今時冷蔵庫なんかこちらじゃ誰でも買えますから。誰でも冷たいまま凍ったまま保存できるからこそ発展したものですね。冷凍するにはどのような食べ物がいいか研究した成果がこの売り場なんでしょう」
凄いのか凄くないのかよくわからんのう、と呆れ顔のキツネさんと共にレジへ向かい会計を済ませ、買ったものを袋に詰め替えるために詰め替え台へカゴをのせる。袋の一つ目に缶を十本ほど入れ、その上に弁当類をのせる。二つ目にも缶を同じように、そして冷凍枝豆を入れる。中身の無くなったカゴをすぐそばのカゴ置き場にのせ、袋を一つずつ両手に持つ。飲み物が多いせいで重い。
「タダシ殿、儂が荷を運ぼう。ほれ」
返事をする間もなく両手から袋を攫い、キツネさんはさっさと店の外へ向かってしまった。異様に早い。早足で追って、店の外に出る。
出た直後は気付かなかったが、ふと気配を左に感じて目を向けると、キツネさんが音も無く近づき右手で俺の左手を握った。
「キツネさん、荷物……あれ?」
半分は持たせてくれと言おうとしたのだが、キツネさんの左手には何もなかった。
「荷はすでにタマと共に部屋へ運んでおいた。タマが配膳してくれておるじゃろう。さて、帰ろうかの、タダシ殿」
手を引かれて歩き出す。
「え、あの……あ、魔法か何かですか?誰かに見られたりしませんでしたか?」
「うむ、大丈夫じゃ。そうそう狩り以外に魔法で気配を消したりせぬから、気配を消して魔法で荷物を送ればよいと先ほど気付いた。こんなことに気付かなかったとは、異世界に来て浮かれていたのかのう」
半歩先を行くキツネさんの表情は見えない。
浮かれているとかの話で言えば、肌寒い中で女性と手を繋ぐのが久しぶりで、温かさに気持ちが浮ついている。いや、浮ついているのは昨日からずっとそうかもしれない。
しかし、キツネさんの距離感というか、色々と無防備っぽいのとかは、わざとやっているのか、素でやっているのか。ちょっと言うべきだろうか。
「キツネさん、町中で男女が手を繋ぐのは」
「はしたないかの?」
「いや、そう考える人もいるかと思いますが、そうではなくて」
「分かっておる。こちらでも、あちらでも、同じじゃろうの」
横断歩道で足が止まる。歩行者用の信号が赤い。
キツネさんの握る手がすっと俺の腕を登り、腕と腕が絡む。距離が狭まる。肩にキツネさんの頬が触れる。
「新宿では、こうしていた者らもいたの」
信号が変わる。キツネさんの頬が肩から離れ、ほんの少し押し出されるようにして、二人同時に歩き出し、横断歩道を渡りきる。
「タダシ殿は男の方が好みか?」
「いえ、男とする趣味はありませんが」
なんと反応していいか分からないところに、とんでもないことを言われたのでそこだけは否定する。
「ならば奥手なのかの?」
「うーん。どうなんでしょう」
ただ、仕事場には女性は親世代の人しかいない。私生活は家に引きこもりだ。単純に出会いがない。
「ふむ。では、枯れているのかの?」
「枯れてるって……いや、違いますけど」
「ふふ、そうじゃの。でなければ、あのような漫画を読まぬじゃろうし」
くすくすと悪戯っぽく笑う声が耳をくすぐる。
「タダシ殿、こうしていると歩きにくいのう」
「そうですね」
「こうしているのは嫌かの?」
「いいえ」
「そうか」
そのまま手を離すことなく、なんとなく無言がちに部屋へ帰った。