キツネさん、通販サイトを知る
紙とボールペンを取り出してローマ字入力表を書き出す。書き終わる頃には狐動画の再生も終わっていた。
その間、キツネさんは俺に寄り添うようにして書き出す様を見ていた。近い。左の二の腕にキツネさんの胸が当たっている。誘ってんのか気にしてないのか何なのか。
「はい、書き上がりましたよ」
「ありがとう、タダシ殿」
受け取ったキツネさんはとても無邪気な笑顔である。なのに格好は黒のスケスケ。このギャップを何と言い表したらよいものか。
「これを見て、慣れながら打てるようになればよいのじゃな」
「そうですね。アルファベットの位置を覚えれば、日本語も英語も入力出来るようになりますし」
「ということは、かな入力も覚えたほうが早いのではないかの」
「そうなんですけど、かな入力をするにはどう操作したらいいかうろ覚えなんで、その辺りを上手く説明出来ません。パソコン持ってても、機能を全て使いこなせるわけではないので」
俺のパソコンでは、かな入力は使わないでほしいという意思表示だ。
気付かないうちにかな入力にするキーを押していて、イライラしながらローマ字入力に戻す経験をしたのは日本にどれだけいることだろう。
「ふむ、とりあえずはローマ字入力を覚えればよいか。しかし、タダシ殿が居らぬ時に触るのは、ちと怖いの」
確かにパソコンに不慣れな人に、知らない間に自分のパソコンに触られるのは色々と怖い。
でも、こちらの世界に慣らすためには、何かしら一人でインターネットを使える環境が必要だろうし。
「儂の金で買ってしまえば壊れてもよかろう。儂が使うためのものを買えるほど、明日儲かればいいのじゃが。タダシ殿、このパソコンやらスマートフォンやらはいくらくらいかの?」
「俺が持っている機種は、両方とも少し前の型なんでもう売っていません。ちょっと調べてみますか。ネット閲覧するだけならパソコンじゃなくてもいいでしょうし、スマートフォンとタブレット端末を見てみましょう」
ネット通販サイトで目的物を検索し、ざっと眺める。
「安いものなら一万円台から、高いものでも十万はしません。ネットをするなら他に月々通信料がかかりますが、千円から五千円てとこですね」
「通信料とは……いや、なんとなく分かった」
「分かったんですか。一応説明すると、ネットって手紙のやりとりをしてるようなものでして、手紙の配達代金と考えて下さい。配達人を選ぶ必要とかもあります。やっぱり詳しい理屈は置いときますけど」
「うむ。ちょっと触っていいかの」
マウスを指差し尋ねるキツネさんに、マウスから手を放しテーブルから横にずれて、どうぞと手振りする。スライム座布団に乗ったキツネさんがモニタ正面へ移る。音も無く動いたので少しびっくりした。
キツネさんが感触を確かめるようにマウスを右手で弄る。俺の操作を見ていて覚えたのか、軽やかに操ってページをスクロールし、商品の個別ページに飛び、眺め、戻って別の商品を見る。というのを五回ほど繰り返した。
「ふむ、何故こうも値段が違うのかさっぱりわからんの!」
横に居る俺に素晴らしい笑顔を向けながら力強く言って、カラカラと笑った。
「何やら色々と能力が違うようじゃ。まあ、何を買うか決めるのは明日競馬が終わってからでよいかの。買わんでも、しばらくは散歩しているだけでも飽きないじゃろうし」
「キツネさんがそれでいいなら俺は構わないです。騒動を起こすつもりもなく、多少のことならなんとかしてしまえるのでしょうし」
うむ、と頷いた直後、キツネさんは商品ページ右上の購入ボタンにカーソルを合わせて、思案のためか数秒固まった。
「タダシ殿、このボタンは」
「この商品を買いますってことですね」
「じゃろうな。うーむ……買うと伝えて、品物と金のやりとりは何かしら別口、手形のようなもので済ますのじゃろうか」
「手形。まあ、そんな感じですね」
クレジットカード支払い、運送業者の代引、コンビニでの受取支払い、どれも決済代行だ。おそらくキツネさんの言う手形は現金決済の代替手段だろう。近いっちゃ近いのかな。
「戸籍だのの話から考えて、恐らく儂は使えないのじゃろうな」
「うーん……キツネさん名義では面倒かもしれませんね。必要なら俺名義で買ったほうがいいかもしれません。それに、通信料についても契約は俺名義でするしかないでしょうし」
「何やら色々と面倒じゃの。結局はタダシ殿頼りにならざるをえぬ」
キツネさんは腕を組んで、ふぅ、と一つ溜息をつく。胸が持ち上げられ、スケスケ下着も合間って、白い双球が魅惑的に揺れる。が、どこかおっさんぽい。歳のせいだろうか。人間、歳をくうと性差がなくなっていくと聞くけども、キツネさんは精神的な意味で。
「仕方ないですよ、戸籍がないってのはそれだけ厳しいですから」
「不便さも旅の醍醐味と考えるしかないかの。さて、ちと話を変えて、タダシ殿は普段ネットでどんなものを見るのじゃ?」
不平を言うより、知識を蓄える方向へ戻るようだ。
俺が普段ネットで見るものか。まとめサイトに公式無料アニメやゲーム実況動画の割合が高いんだが、どうやって説明したらいいものか。
そうですねえ、と言って、今度は俺が溜息を一つついた。