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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、自戒する

 キツネさんの愚痴を聞きつつだらだらと酒を進めてぐでんぐでんになって歩けなくなる数歩前になって切り上げた。支払いをキツネさんに任せてフラフラと先に店を出る。火照った顔に当たる風が気持ちいい。

 俺は酒を飲んでも高揚感を感じない。アルコールに体を侵食されていると自覚しつつ、思考能力は下がるものの意識はいつもと変わらないままで、酔ってたがの外れた行動をしでかすということもない。深酒になると体調によっては眠くなったり頭が痛くなるだけで、酔うことそのものはあまり娯楽にならない。

 キツネさんはキツネさんで、どれだけ飲んでも前後不覚にはならない。店のドアの鐘をカラコロとならして機嫌よくスタスタと俺に近づいてくる。


「キツネさんは酔うことはあるんですか? 酒を飲んでも、いつもあまり様子が変わらないように思うんですけど」

「何を言う。今も酔っているぞ。ふわふわと良い気分じゃ。酒を飲むとそれだけで楽しい。タダシ殿も酔いが回っておるようじゃが」

「ええ、酔ってはいます。おかげで頭が痛い」

「二日酔いでもないのに、飲んですぐ頭が痛くなるのはいつも通りじゃのう。タダシ殿はいつも酔うても楽しくなさそうで、付き合わせて申し訳ない」


 キツネさんが申し訳なさそうに俺の背を一撫でさする。別に吐き気がするわけではないが、キツネさんの気遣う温もりが気持ちいい。


「謝られるようなことじゃないですよ。キツネさんのお酒に付き合うのは好きでやってることです。酒の楽しさをあまり語らえなくて、俺のほうこそすいません」


 友人と飲んだりするのは場を楽しむための潤滑剤のようなものだ。酒を飲んで陽気になる人と一緒に過ごすと俺も楽しい。それに酒そのものの味なんかはまだ楽しむ余地がある。油っこいものとビールの組み合わせの良さは俺にも理解できるのだ。楽しく酔える体があればもっと人生楽しめるのではないだろうか。

 謝罪に謝罪で返す俺を、キツネさんは呆れるような情けないような顔でおもんばかる。


「それこそタダシ殿が謝るようなことでもない。付き合えとは言ったが、酒の量まで付き合わんでもいいのじゃぞ? つらそうな顔をさせてまで飲めとは言っておらん」

「まあ、ちょっと今日は久しぶりに飲みすぎましたかね……」


 正真正銘の意味でキツネさんの酒量に付き合うと死ねる。わざわざ口には出さないが。さすがにそんなに付き合ってられるわけはなく、比較して摂取量は何分の一なのか度合いはわからない。

 リットル・パー・時間にしてどれだけの速度を出していたのかわからないが、珍しく愚痴るキツネさんはいつも以上のペースでボトルを空けていた。それにつられてつい俺のペースも上がってしまっていたのだろう。わざわざ聞くこともそうないが、支払額がどうなったのか聞いたとしたらどうなるのか怖い。

 しかし、ああ、頭が痛い。もう寝たい。このまま寝転んでも頭痛は治まらないだろう。


「いつものように酔い覚ましに歩いて帰りますか。数分の距離ですけど」


 俺が一歩一歩確かめるように歩きだせば、キツネさんが追従して横へ並び、俺の腕をとる。


「辛いのであれば儂がなんとかしようかの?」

「自戒を込めてこのままでいいです。ゆっくり歩いて、部屋に着いたらそのまま横になりたい」

「辛そうなままのタダシ殿を黙って見ているのも落ち着かないのじゃが……」

「俺がそうありたいってだけの我儘です。すいません」


 酒の失敗は身をもって己に刻むべきと思っているだけだ。深酒なんて滅多にしないからこそ、深く痛みを覚えておかないと。


「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ、なんて言葉がありまして」

「ふむ。言葉からおおよその意図はわかるが、それがどうしたのじゃ?」

「本当の愚者は経験から学びもしないと思うのですよ。そして俺は賢者でもない。経験から学べる程度の愚者でありたくありまして」

「つまり、今まさに学んでいるところじゃと」


 自嘲気味に笑いながら頷いて見せる。

 経験に学ぶ愚者の中でも一回で反省して反映できる愚者と、時間が経つと忘れてしまう愚者に分かれると思えるのだが、俺は後者であると思う。


「偉そうな言い回しをしましたが、簡単に言えば、たまに痛い目みないと忘れちまうのですよ」

「あー……」


 なんかキツネさんが深く理解を示して遠い目をしている。


「何かの技術だったりするならば覚えていられるが、普段のふるまいであったりすると、儂も忘れてしまうことはあるのう……」


 知ってます。結構うっかり屋さんですよね。


「亀の兄にも、儂は抜けたことを繰り返すから気をつけろ、という内容で戒められたことがある。母はゲラゲラ笑っておったが」

「玄武さんですか。この間お会いしたときは、いいお兄さんという感じでしたね。何年くらいの付き合いなんです?」

「うむ。付き合いの長さなぞ魔物となってからじゃから、はてさて数千年か。兄の忠告はいつも正しくてなあ。そうじゃのう、せめて、己を戒めようと思う心は持っておかんとのう」


 付き合って一年程度であるが、キツネさんへの認識はわりと間違っていないようだ。玄武さんはどれだけキツネさんのうっかりを見守ってきたのか聞いてみたい。

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