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キツネさん、下着を着る

 家に戻って、まずはジャケットを脱いでスチールラックにかけ、アイスティーを二つのマグカップに注ぎ、ベッド横のテーブルに置く。

 キツネさんは、ごく自然にコートを脱いでハンガーを差し込み俺のジャケットの横にかけ、お茶の礼を言う。

 ああ、キツネさんの分の収納も考えなきゃいけないのか。二人暮らしには手狭な部屋だが、有効活用していない場所はあるから大丈夫と思いたい。


 俺とキツネさんが床に座ったら、サキとタマがジャケットとコートからストンと落ち、こちらに這い寄ってくる。

 持ち上げて膝の上に乗せる。そういえば、こうして触るのは初めてだ。ゲル状なのに持ち上げると雫が残ることもなく、指の間から垂れもしない。なのに、膝の上に置いて指で押すとゆっくりと沈み込む。こちらの意図を理解して反応を変えているということだ。


「さて、今日はこれからどうするのかの?」

「夕飯は少し遅くに買い出しに行くとして、家でゆっくりしようかと。聞きたいこともあるでしょうし」

「ふむ、そうじゃのう。何から聞けばいいのやら」


 キツネさんの方では、タマは座椅子になっていた。キツネさんはその上で胡座をかいている。ワンピースが緩やかだから出来る姿だが、注意すべきかなこれ。


「キツネさん、こちらでは女性は胡座をかくことはあまりしません。外ではしないほうが無難です。スカートやワンピースだと下着が見えたりしますし」

「あちらでも女はあまり胡座をかかぬ。儂は変わり者じゃからの」


 自分が変だって言うやつは、実はそれほどでもないってのが往々にしてあるが、キツネさんは確かに色々と変わってはいるんだろう。生まれや育ちなんか聞いてみたいが、こちらから聞くのも野暮だ。


「下着か。手に入れたが、まだ着ていなかったの。着てみるとしよう」


 そう言うと、玄関前に放られたままの下着が入った袋を取って来て、中身を取り出して見せつけてきた。


「店の者に無難な物を選んで貰ったのがこれじゃ」


 真っ白で装飾のほとんどない、実直な形のブラジャー。

 男相手に下着の品評会を始めるのは如何なものかと思うが、キツネさんだししょうがないと考えよう。


「ブラジャーは着けたことがないので着けやすいものが欲しいと言うと、店の者が前で留めるものならどうかと出してくれた物じゃ」


 フロントホックってやつだ。個人的には留め具を外して胸が露わになる様が趣深い。背中で留めるものも、また違う趣がある。


「で、次はこれじゃな。上下が揃いのものでな、下が尻尾の辺りを避けるような形をしており、紐を腰で結んで留めるようじゃ」


 次に出て来た物は、赤い下着のセット。テカテカした生地で覆う面積は小さそうで、きわどいビキニ水着のようだ。尻尾を避けるというか、紐の位置が随分と浅そうだ。


「さて次。これはベビードールとかいう物らしい」


 なんか黒くてスケスケヒラヒラしたのが出て来た。別の意味できわどい。キツネさんが広げてこちらに向けているが、向こう側のキツネさんが透けて見える。


「何故こんな色っぽいものを」

「タダシ殿を籠絡するために」

「俺を籠絡するのに黒の下着を選択するのは良い判断です。で、本音は?」

「着てみたかっただけじゃ。他の下着と同じように使えるのかと思うてな」


 そう言われてみると気になる。着心地とかどうなんだろう。男用の衣類でスケスケな素材って、テレビでアイドルグループが着ているとこしか見たことがない。


「しかし、つれないのう。もうちょっと慌てたりしてもよいのではないか?」


 しなを作って可愛らしく言っても、本気じゃないの丸分かりだと、話にちょっと乗っかるくらいしか出来ません。


「そもそも朝に平然と胸をさらけ出していた方が何を言いますか」

「そういえば、もう下着どころではないものを見せていたの。次が最後じゃ」


 また白い普通のブラジャーが出て来た。これはフロントホックでもなく、一番スタンダードなタイプだ。それ以外の違いが分からん。違いなどないのかも知れないが。


「最初のものと違うのは、留める場所だけですか?」

「値段と生地が違う。絹仕立てでの、これだけで四千円近かったはずじゃ。最初に出したものは千円しなかったはず。四倍じゃ四倍」


 キツネさんは盛り上がっているが、いまいちピンとこない。値段の差を聞いて高いとは思うんだが、シルクなら妥当かとも思うし。

 自分の下着に置き換えて考えてみよう。二枚千円のトランクスが、シルク製で四千円。


「なるほど、高いですね」

「肌触りの良さに買ってみたものの、三千円分の酒と同等の満足を得られるかどうか。願わくばその価値があってほしいものじゃ。さて、着てみようかの。どれにするか」


 そう言っていきなり服を脱ぎ出すのを見て、俺は即座に後ろに向く。


「脱ぐ前に少し時間下さい。見ないようにしますから」

「着替えの度にそんなことしていたら面倒じゃろう。気にせんでよいのに」

「若い女性が言うことじゃないですよ」

「ぬ?儂は若くはないと思うが」


 はて。あれか、昔は二十歳超えたら年増と言われたとか、そういうことだろうか。年齢のことを聞くのは失礼だと思うが、どうしたものか。

 よ、ほ、とキツネさんが下着を着けるためにかけ声をあげるような調子で呟いている。

 少し迷ったものの、踏み込んでみる。


「いや、こちらではキツネさんくらいの見た目はまだまだ若いうちに入りますが」

「あー、見た目はそうかもの。儂はこれでも百歳はとうに越えておるぞ」

「ふぁっ!?」


 つい振り返ってしまった。


「どうじゃ、似合うかの」


 黒いスケスケに覆われ、白く綺麗な肌とのコントラストが艶かしい狐耳お姉さん(?)がいた。

 歳のことも聞きたいが、なんでまずそれから着るのか問い正したい。

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