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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、メールする

 俺も配膳されたコーヒーをブラックのまま口に入れる。

 眉間に皺を寄せる。味がどうのではない。ソルさんの言葉に少々解せないところがあるからだ。

 日本に住んでいるなら大なり小なり誰もがやっているはずの確定申告のことよりも、外国人登録の在留資格取得の方が面倒なはずだ。キツネさんはソルさんの勧めで中国出身の在留者というカバーストーリーを作り上げたと言っていた。それならば、ソルさんもその身分のでっちあげを手伝わされているはず。確定申告をしなければいけなくなったとしても、適当に時間の矛盾はでっちあげることもできるだろう。

 確定申告そのものが問題ではないということだろうか。


「キツネさんがバイト以外の収入を得て、それを申告する必要が発生したとして、確定申告なんかよりも面倒な問題が出てくる可能性があるってことでしょうか」

「そうなんデス」


 ソルさんは意を得たとばかりに嬉しそうに頷き、懸念を話す。


「在留資格が飲食店で働くことを想定して取得していマスので。音楽活動は単純な労働というよりも趣味の一環とも言えるデショウが、こう動画として収入の証拠として残されると問題になりかねマセン」

「なるほど。ソルさん達でも、ネットに拡散された動画をどうこうするのは難しいですか」

「どうこうするのに働きかけなければいけないことが多すぎマスからネ」


 できないとは言わないイケメンが怖い。

 しかし、また解せないことができた。


「あれ?飲食店で働くことを想定して取得しているって、在留資格は働き始める前にはすでにとっていませんでしたか?」

「正確に言いマスとバイト程度の簡単な稼ぎを想定していたのデ、在留資格が留学扱いなのデス。タダシサンは在留カードを見てないデスか?」

「一度見ましたけど……」


 一度しか見てないし、見たときは数カ月前だし、さらにはキツネさんのでっちあげた名前に意識が行って、他のところが頭に入っていない。


「キツネさんの身分て学生だったんですか」

「身分だけデスけどネ。半分はワタシの学びのために装ってもらっているところもありマス」


 今日は俺の知らないキツネさんがいろいろ出てくるな。課題類やらは何やら誤魔化してソルさんが勉強するためにやっているということか。

 学生で隠された収入源が競馬って。いや、今は学生でも馬券を購入できるんだっけか。

 まあそれは別にいい。それでもまだ解せない。


「でも、在留資格は係員を幻惑させてとったと聞きましたし、最終的には入管だか税務署だかの現場の人間を魔術でどうにかしてしまえば済ませてしまう問題でもあるような気がしますが」

「済ませてしまえマスけれども、いびつにどうにかし続けると、いびつさはどこかによりハッキリと残るものデス。それでも何とかはできマスガ、無用な人々の記憶の混乱も引き起こしかねマセンからネー」


 一呼吸置いてソルさんは紅茶を一口含むと、ティーカップを持ったままにこやかに頭を傾げて微笑んだ。

 絵になるなあイケメン。


「平穏な生活のために、魔術は目立たないように使う方針のようデスヨ」


 微笑みはとても柔らかく、男の俺でも見惚れそうになるほど美しく見える。

 おそらくその方針とやらがキツネさんの定めたもので、定めた理由が俺の生活を乱さないためということを、微笑ましく思って自然と現れた顔なのだろう。

 照れくさいな。幻だというのに、器用に感情を表現するものだ。


「……そうですか」

「来年卒業予定デス。在留5年目の大学院生という設定デスネー」

「え?大学生どころか院生?なんでまた」

「帰化要件に正式な資格を持って5年以上の滞在というものがありマシテ。キツネサン個人でも戸籍をとれる要件を満たしていたほうがいいかと考えてのことデス。通るかはわかりマセンが」


 戸籍を作るためだけではないと思うが、キツネさんに結婚したいという話をされていたものの棚上げしていた。ソルさんは何にしろ選択肢を広くとれるように準備してくれていたのか。


「それ、でっちあげるの大変だったんじゃ」

「ネットの動画拡散への対策考えるよりは簡単デシタけどネー」


 それは国防を憂うべきか、ネットを怖いと思うべきか、どちらなのだろう。

 ふとソルさんがテーブルに置いたスマホを見ると、動画再生がちょうど終わりにさしかかる。


「しかし目立たないようにという方針の割には、ネットに動画上げられたりして何してんでしょうね、キツネさんは」

「山一つ吹き飛ばしたりしないってことなんじゃないデスかネ……」

「あれ。なんかメールでも来たのかな」


 ふっと儚い笑みを浮かべてティーカップを降ろすソルさんに、数度振動して止まったスマホを手渡す。

 ソルさんの笑みが消え、厳しい表情を見せてスマホを手にとる。即座に何の通知が来たのか確認したのだろう、さらに表情は呆れたような諦めたような引きつった笑みになった。


「そう来マシタかー……」


 ソルさんが再びスマホを俺に渡す。どうやらメールのようで、差出人はキツネさんになっている。

 そこには短文とともに画像が添付されていた。名刺をもらったのじゃが、どうするべきかのう。と、名刺を写した画像。

 大手音楽レーベルの社名。電話ファックス番号にメールアドレスに、なんかよくわからん肩書に個人名。


「うわ、うさんくせえ」

「詐欺師の嘘や害意くらいなら、キツネサンは見抜きマスから」

「ああ、時々どっか抜けてるけど、それくらいできてもおかしくはないか。ってことはコレマジモンの可能性が?」

「ハイ……」


 そして俺にもメールが来た。内容は同じものだ。

 ちょっとギター覚えて路上で弾き語ってこれかよ。

 まあキツネさんの歌を実際に経験して幻の一つでも見れば、名刺の一つも渡しておかしくはないのかもしれない。

 まあ何にしろ、だ。


「どうするべきかって、キツネさんがどうしたいかですよね」

「芸能関係の事務所と関係するつもりがあるなら、学校関係の仕込み全部必要ないんデスよネー。アハハハ」


 どうやらソルさんはこれからのキツネさんより、これまでのキツネさんのための工作労働を嘆いているようだ。笑い声が乾いている。

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