キツネさん、弾き語る
キツネさんがギターを手に入れて約一カ月。バレンタインのイベントなんかを恋人関係がいる状態で久しぶりに体験した翌週の土曜の昼下がり。年末年始に会った以来のソルさんが、久しぶりに俺の部屋へやってきた。姿は擬態したイケメン状態である。
「タダシサン、こんにちは」
「どうも、年末ぶりですね。今、キツネさんはいつもの出稼ぎに行ってますけど」
本人はいないが分身さんはいつものようにゲームしているので、何かしら話をすることには問題はない。
しかし、ソルさんはイケメンフェイスを懊悩に歪ませ横に振った。
「イエ、今日はタダシサンにゴ相談したいことがありマシテ……」
「あれ、そうなんですか」
「少々お時間を頂きたいのデス」
珍しいこともあるものである。キツネさんに招かれてこちらにやってきた時に、わからないことがあれば俺が教えるという約束はしていたものの、自力で学ぶのが楽しいのか最初以外にはほとんど俺に何か尋ねるようなことは無かったのに。
話をするだけなら早々に話せばいいところを、ソルさんはどこか言い難そうにしている。
ここでは、というか、キツネさんの耳に入れたくない何かでもあるのだろうか。
「わかりました。喫茶店にでも行ってお茶でもしながら伺いましょうか?」
「ありがとうございマス」
「いえいえ。じゃあちょっと出掛けてきますね」
ゲーム真っ最中の分身さんに声をかけて外に出ると、直後ソルさんによりワープ用の穴が開かれ、何故か以前ソルさんと同席したこともあるアキバのメイド喫茶に連れていかれた。
「なんで店の選択がここなんですか」
「突拍子もない異世界だのなんだのの話をしていても、ここなら問題ないと思いマシテ」
わかるようなわからないような。
週末ということも相まってそこそこに客で席が埋まっているなか、ロングスカートのメイドさんに案内されてそのまま適当に注文を済ませる。
「で、相談てなんです?」
「キツネサンのことデシテ。先ずはこれを」
まあソルさんが俺に相談したいことなんて、キツネさん関連しか思いつかんので想定内である。
イケメンが困り顔でスマホを取り出し、マナーモードで何かの動画を再生して見せ始めた。
見覚えのある美女が路上で弾き語りしているところのようだ。そこそこギャラリーも抱えている。
三つ編みしているところからして、分身のミコさんである。
「なにしてっだこの人」
「タダシサンも知らなかったのデスね」
「基本、キツネさんの行動を全て把握してるわけじゃないですから。ていうか誰が撮ったんだろうこれ」
「ワタシでもありマセン。聴衆の一人が撮影してアップロードしたようデス。魔力の変動を感知して確認しに行ってみたらこうなってマシテ、撮影している人が何人もいたので、これはそのうちの一つデスね」
相変わらず行動がよくわからん方向にすっ飛んでいるが、ギターが上手くなっているのはこの一カ月でよくよく理解している。弾き語り程度なら人に聞かせる程度のレベルはあるだろう。
「で、これがどうしたんです?」
「魔力の変動を感知して確認しに行ってみた結果なのデス」
ソルさんが言葉に力を込めて、再度同じことを言う。
持って回った言い方だ。言外にそれだけで俺に気付け、という叱責にも思える。
魔力の変動を感知して、ねえ。キツネさんが歌っているところに魔力の変動を感知して……って、つまり。
キツネさんの歌を初めて聞いたときのことを思い出す。なんか幻が見えたような。そういうことか。
「ソルさん。何か見えました?」
「愛する亡き妻たちの姿を」
「他の人たちにも何か見えたんでしょうね……」
「そうデショウね」
妻たちってのは家族なのか、妻の複数形なのか突っ込みたいところだが、それは今はいい。
動画の中の聴衆にはガン泣きしている人もいる。確実にキツネさんの歌がなにかを引き起こしている。
どうすべ。いや、別にいいか。
「キツネさんだって聞いた人に何か想起させるくらいはわかっているはずで。問題ないんじゃないですかね」
「ソレはソウなんですが」
ソルさん的にも別にいいらしい。しかし表情は変わらず暗いままだ。
「コレ、日時特定できるデショウ?コレ九州なんデスよ。おひねり貰ってるのデスよ。バイトでの収入とか考えると確定申告とかワタシに任されソウで、中野でバイトしてた数時間後にコレとか、話題になったりしたら、どう辻褄あわせれば……」
「収入はバイトだけってことにして確定申告するつもりないと思うんで大丈夫かと思いますよ。時間的なものも同じ時間帯で申告しなければいけないほど収入が発生したら問題が発生するわけで」
妙なところで真面目な御仁である。確定申告の心配をする人外。路上ライブのおひねりなんて雑所得の控除内程度だろう。
つうか税金関係を考えるなら、ベッドの下の競馬貯金の方がやばい。キツネさんは換金時に毎回隠ぺいしてるから大丈夫と笑っていた。だから大丈夫なんだろう。きっと。
俺の言葉に、ソルさんはやや安心した表情でメイドさんが配膳してくれた紅茶を口にした。
そしてやれやれと言わんばかりに深く長く息を一つ吐き出す。
「それにしても、キツネさんは何故急に弾き語りをし始めたのデショウ」
「この間の宴会が、というか、元々の始まりは玄武さんへのお土産からでして」
キツネさんがギターを弾き始めた経緯を掻い摘んで説明する。
俺の目的として、異世界の方々に目をつけられたくなかったということも含めて。
すると、ソルさんは軽く何度も頷いて微笑んだ。
「ワタシもこちらは平穏であって欲しいのデ、キツネさんと玄武さんとも相談してみマショウ」
「ありがたいんですけど、確定申告も最初からキツネさんに聞けばよかったのでは」
ソレはソレ、コレはコレです。と言ってソルさんは目をそらした。
何がだよ。




