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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、ギターを習う

 人目の少ない場所から家に空間跳躍して買った品々を置き、そのまますぐに夕飯を摂りに再び外出する。

 キツネさんより先に部屋を出て、それまで荷物を持っていた手をプラプラ振って伸びをした。

 後から続いて出てきたキツネさんが、お疲れさまと言って微笑み、どういたしましてと応える。


「背負ってたギターよりも、手に持ってた教本やら楽譜やらの方が重かったです」

「楽譜とは高いものなんじゃのう。紙の重さで比較すると漫画の数倍になるかと思うのじゃが」

「流通量が少ないですからね。週刊少年誌の単行本なら初版でも数十万部刷りますから単価も下げられますけど、楽譜なんて精々多くて初版一万部を需要に応じて千部増刷とか、その程度でしょうし」

「たくさん作れば安くなり、少量のものは高くなる、じゃったかの」


 作る桁が違うから値段も違う。商業書籍一冊あたりの紙にかかる費用の違いなんて誤差レベルで、費用のほとんどは人件費だ。人件費の頭割り数が少なければ少ないほど一冊当たりは高くなる。楽譜に関しては置いてある店そのものも少ない。大型書店か楽器店に加えて音楽スクールなどに置かれる程度だ。そうなると初期配本数も絞られ、必然初版数も絞られるだろう。さらにはポップミュージックの流行り廃りは早い。楽譜を売るとして対象とするミュージシャンは誰にするのか、と。

 編集者を経験して現に印刷に関わる者としては、新しい商品を作るのに難しい要素ばっかり入ってる商材だよなあ、と今更思う。ただ演奏を楽しんでいたころにはクッソ高えとしか思わなかった。


「まあ楽器の値段に比べれば大した値段ではないからいいんじゃがの」


 ドアに鍵をかけながらキツネさんがブルジョワジーなことを言うが、その費用は競馬で稼いできたものだ。中央競馬の売り上げは異世界の文化事業助成にも役立てられています。

 実際音楽やるのには楽譜の値段なんて気にする層がやるもんじゃねえなあ。高額所得者なら些細な額だし、低所得者でも音楽を趣味とするならさほど気にせず払える程度の値段だ。


「しかし、兄は気にするじゃろうなあ。全体の費用としては、おそらく兄が考えている値段の数倍には膨れ上がっておる」


 戸締りを確認したあと俺より先に歩き始めたキツネさんは、俺に表情を見せない位置で溜め息をついた。

 俺から見てもキツネさんからしても元はあぶく銭なので気にするものではないと思うのだが、玄武さんはどうもキツネさんに対して大分遠慮がちのようだ。俺にはそんな様子全然見せていなかったようだが。

 というか、根本的にキツネさんの稼ぎ手段を知っているんだろうか。


「キツネさん。玄武さんはキツネさんの稼ぎもとを知ってるんですか?」

「ハンバーガーショップでバイトをしているとは言ったが……あー、そうか」


 俺の言葉を受けて、道の端で振り向き、立ち止まり、虚空に顔を上げ、キツネさんはどこか間抜けな顔をした。

 そして俺もキツネさんの言動から察した。


「時給いくらのバイトの身分であれだけ土産物買っていけば、稼ぎのほとんどを遣ってるって思われて、そりゃ気遣われもしますよ」

「なるほどのー……」


 玄武さんからしたら、少ない稼ぎを母親の酒代の足しにする健気な妹に見えたんじゃなかろうか。昭和の不幸なヒロインかよ。

 そんな女の子が「お兄ちゃんのためにギター買ってくるね!私はギターってよくわからないんだけど、どんなのが欲しいの?」ってか。玄武さんも精々が一万円くらいの安いギター想定してたんじゃないか、これ。

 前にお土産に持って行った漫画本も中古本を買いあさったと聞いたし、一所懸命に妹が集めてきた漫画が古びて黄ばみがちだっただろうってのも効いてる気がする。

 思いついた推測の玄武さん視点をそのままキツネさんに伝えてみる。


「いや、その、儂は単純に新品を置いてあるところよりも、いろんな年代の漫画を質より量で即物に買いあされるところを回ってただけなんじゃが……」

「でしょうね」

「あれぇ……?」

「ギター持って行ったときに、もうちょっと近況をよく話し合ったほうがいいと思いますよ。ついでに玄武さんからギターを習いでもしたらいいんじゃないですか。玄武さんとの話も弾むでしょうし」


 そうする、と少ししょんぼりしながらキツネさんは頷いた。

 しかし数分後、外出した先のいつもの中華店では、日本語でも中国語でも英語でもない言語で新しい店員さんと元気にコミュニケーションをとってビールを注文するキツネさんがいた。変に抜けているところがあるキツネさんだが、ポカミスをしてへこんでも割と回復が早い。面倒なものを変に後に残さないのは美点である。


 そんなわけで食事を終えて部屋へと戻ると、ギター二本を背と手に持ち、その他関連した物品をタマに持たせ、「兄とちょっと話してくる」と早々に異世界へ意気揚々と向かった。

 そして十数分後には買ったものではないアコギを持って帰って来た。


「おかえりなさい。どうしたんですかそれ」

「ただいま。兄に教わって作ってきた」


 キツネさんは言いながらCコード、Gコード、Cコードを鳴らす。音楽の時間なんかで先生が最初に鳴らすアレだ。


「なんでギターを教わるって話が、作るのを教わるってことになるんですかね……?」

「いや、色々と話をした後に弾き方を習って、儂自身用にも一本欲しくなってのう。大まかな造りはあちらにも似たような弦楽器があることじゃし、兄と作ってみようかということになってな。いろいろ工夫して作ってみたものの一つじゃ」


 どうやら異世界でアコギの製法が大雑把には確立したようである。

 少なくとも今キツネが弾いているギターからは問題なく音が鳴り響いている。

 あれ。ギターの音質云々よりも、キツネさんのギターの弾き方が上手い。


「ちなみに練習期間はどのくらいとってきたんですか?」

「弾くことそのものは一日で覚えた。真似るのは得意じゃからの」


 ギターって一日だとコードをまともに抑えるので精いっぱいだと思うんだが、キツネさんには常識が通用しないらしい。

 いつも通りか。

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