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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、釘をさされる

 土曜の夕方、キツネさんと新宿駅南口で落ち合うために家を出る。昨日話していた楽器店へ一緒に行くためだ。

 キツネさんの札束掴み取りタイムが終わり次第、直接家にワープしてもらってピックアップされてもいいのだが、キツネさんがデートの待ち合わせというものを楽しんでいるようなので、わざわざ別行動である。

 家を出る俺の背に、誰かしらゲームのために家にいるキツネさんの分身さんから「いってらっしゃい」の声がかかるので、キツネさんと別れてキツネさんに会いに行くというよくわからない形になっているような気がしないでもない。

 そして新宿駅の改札を降りて数秒後には俺の気配を察知したキツネさんがどこからともなく現れ吶喊される。待ち合わせのタイムラグもなにもない。出会い頭に小さい缶ジュースを額に押し付けられる。ひゃっこい。


「おまたせ!アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

「外でアイスティーしかないってのはさすがに苦しいでしょ」

「最初に会ったときの家にはアイスティーしかなかったではないか。まだ寒い時期じゃったぞ?」

「あれは家だからですよ。冬に屋外で冷たいものを飲むのはしんどいです」


 順調にネットに毒されつつある異世界の大魔術師。ネットというか、同居人の俺の行動規範というか。


「実のところ魔術で冷たく感じさせているだけで、あったか~いので大丈夫じゃ」

「あれ、本当だ。頂きます」


 手渡された缶は確かに温かかった。無駄にテクニカルである。キツネさんが悪戯が成功したような悪ガキのように笑みを浮かべる。

 ふた口も飲めば空になる程度の大きさ。これから買い物に行くという前に、さっさと飲み切って邪魔にならないサイズだ。すぐに飲み切り、適当に道端の空き缶用のゴミ箱へ放り込む。

 楽器屋は駅口から割と近い。というか、場外馬券場からは新宿駅に行くより楽器店のほうが近い。どうせ行くところはお互いわかっているのだから、俺が店の前についたらキツネさんに連絡すればいいと思っていたのだが、駅を出たら即捕捉された次第である。


「で、今日は何を買う予定でしょうか」

「今朝兄に聞きに行って聞いたところ、アコースティックギターと曲数多めなギター用の弾き語りの楽譜集を貰えると嬉しい、とのことじゃ」

「そう言えば、持って行ったところで玄武さんが弾くんでしょうか」

「そうさのう。兄も多少の心得はあるとは言っていたからのう」


 一口にギターと楽譜と言っても色々と種類がある。

 心得が無ければ弾き語りの楽譜なんて発想は出てこない。それに楽器と楽譜の選択からして、初心者や久しぶりにギターに触る者にとって真っ当だろう。


「一本でいいんです?」

「一本でいいようじゃ。電気が必要なものは弾ける環境がないしな、と笑っていたのう」

「なんというか、とても堅実な指定ですね」


 まあ、異世界あちらでまともに電気製品を動かそうと思ったら電源をどうするかという問題は避けられない。発電機を持って行ったところで燃料の問題にぶつかるし、ソルさんに全ての電源を供給してもらうわけにもいかないだろう。


「漫画を持っていったときも土産は何がいいか聞いたのじゃがの。漫画を持って来てくれるとうれしい、母のようにダンボール何箱も求めない、おまけ程度でいい、と控え目に言っていたからのう」

「……控え目に言われたのにダンボール何十箱も持って行ったんですか」

「少々呆れられたが、礼は言われたので問題ないはずじゃ」


 あっけらかんとキツネさんは言う。

 ダンボール何十箱は結構困ったんじゃないかと思うんだが、本当に少々呆れられた程度だったのだろうか。いや、キツネさんは家に入りきらないほど物を買い込むような愚かな性格ではない。自身の財力や相手の置き場所を鑑みて問題ないと判断したはずだ。問題ないと判断してそれだったのだ。

 さて。その前例を考えるにあたり、キツネさんは本当にギター一本だけ買っていくつもりなんだろうか。


「今回も、どうせじゃから楽隊一つ組めるほど買い込んでいこうかと最初は思ったのじゃがの」

「漫画と違って安いものでもないですし、保管に困るんじゃないですかね」

「兄にも同じように釘をさされた」


 キツネさんが溜め息を一つつく。

 どうやら玄武さんも俺と同じ危機感を抱いたようだ。玄武さんあてのプレゼントとは言っても、今回のプレゼントは余人がこちらの世界に興味を持たないよう気をそらすための、俺からしたら保身のために押し付けるものである。あんまり困るような量を渡してもしょうがない。

 リュウさんが酒を飲みすぎると愚痴りながらも毎回持っていってるようだし、キツネさんは土産を持っていくのが好きなタイプのようだ。


「使われない楽器は、見ていると心が逆に荒むとのことでな」


 保身がどうとか考えていた俺とは違い、玄武さんはなんだかロマンティックな理由だった。

 すいません、押し入れにエレキギターが何年もまともに弾かれずに押し込まれていてすいません。そんな状況に俺の心がとくに荒んでいるようなことがなさそうなのは、楽器を意識せずにいたからか、それとも荒み切っているのに俺が気付いていないだけなのか。両方かな。

 まあいい。大切なのは俺の保身である。大量に楽器を渡して玄武さんを嫌な気持ちにしてしまうのは本末転倒だが、音楽を聞いて楽器に興味を持った方々の知りたいという欲を満たせないのもまた本末転倒だ。


「言っておいてなんですが、ギター一本でお客さんを納得させられるものですかね」

「兄は納得させられると言っておったのう」

「キツネさん、ロックからクラシックまで色々とCDを持ち込んだんですよね。それをギター一本で納得させられるんですか」

「兄ができるというからには、できるんじゃろうなあ。できないことをできると言う性格ではないし」


 キツネさんもよくわからさそうに言うが、玄武さんの言葉は信頼しているようだ。

 全く想像がつかないのだが、まあ俺が打てる手はそこまでなんだろう。

 歩きながら話を聞くうちに買うものも決まり、店はすぐそこだ。

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