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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、気後れする

 正月休みを終え、なまりきった体が労働生活に再び順応してきたところで再び連休になり、またなまる。

 連休後に感じるだろう体のかったるさに連休に入る前から心情的にかったるくなる金曜の夜、そんな俺の心模様がうつったのかと思えるように、いつもの中華店で一緒に夕飯を摂るキツネさんは少々機嫌が悪そうだった。

 眉間に皺を寄せてビールを一気飲みして店員さんにお代わりコールをし、店のテレビに目をやってぼうっとしている。


「キツネさん、何か問題でもありましたか?」

「む?何も問題はない。この世はすべて事もなしじゃ」

この世(・・・)、ですか」

「む……あいや、すまんの。異世界あのよでも問題というほどのことではないのじゃが」


 この世あの世というと生死の境の話に聞こえるが、キツネさんが関わると文字通り世界の違いとなってもおかしくない。「この世」を強調してキツネさんをつついてみると、俺に言うようなことでもないと考えていたのだろう悩みごとを話してくれる。


「猿のとこの信長という娘にラジカセをくれてやったじゃろう。亀の兄にもどうやら馴染みがあるようじゃからラジカセとCDを贈ってきたんじゃが、それが少々面倒なことになったようでな」

「あー……」


 具体的な異世界全体の文明度合いは知らないが、俺の見聞きした範囲のうちではおそらく音楽は贅沢なもののはずだ。そんなところにラジカセみたいなものを投げ込んだら問題が起こってもおかしくはない。持ち主的に権力がどうのとかではなさそうだが。

 さもありなんという俺の反応を受けて、キツネさんも苦笑いしながらお代わりのビールを呷る。


「兄曰く、『大陸中から有名人が俺のとこに聞きに来て、楽器の実物はないのかと言うやつも居て説明が面倒』とのことでな」

「放っておくってわけには」

「いかんのう。中には母と同格の者もおるようで、この世界に自力で辿り着いたりしたら面倒じゃし」


 どちらかというと大問題だと思うんだが。世界間を自由に行き来できる、神的な存在(リュウさん)と同格の存在が現れるとかどこの終末論だ。


「それ面倒ですむんですか」

「話せばわかるじゃろうからの」


 どうやら異界の神によるハルマゲドンは起こらないらしい。万歳。話が通じるって大事よね。


「相手が来ることもそうそうないとは思うのじゃが、万が一そんなことになるよりも、相手の言う通りさっさと楽器やらを渡してやればいいのではないかと考えての。新宿の馬券場の近くに楽器店があったじゃろう?」

「ありますねえ。ありますあります」


 新宿駅からほど近い楽器店だ。バンドをやっていた頃は消耗品や楽譜などもそこそこ買いに行ったことがある。家の物置にしまったままのドラムスティックのほとんどはそこで買ったものだ。


「一人で行ってみたんじゃが、よくわからんかったのでのう。高いものでも適当に買って渡せばよいかと思ったら、予想外に一つで数十万とかするものもあるし、何を買えばいいものやら」


 そりゃよくわからない人が行ってもどうしようもないだろう。俺の経験で言うなら、工学部出の友人と秋葉原に行っても、友人の行動範囲の電子ショップは俺にはさっぱりだったので完全別行動してたし。

 というか、俺が音楽をかじっていたことをキツネさんは知っている。多少分野違いの楽器でも、俺だってある程度はアドバイスできるはずだ。


「言ってくださいよ。一緒に行くのに」

「いや、これは儂の事情じゃからのう」


 俺の申し出にも、キツネさんは顔をしかめたまま首を元気なく横に振る。

 キツネさんとしては自力のみでなんとかするべきと考えているようである。

 しかし、決してそんなことはない。


「キツネさんがこちらに来て、俺と会って、その延長線上での出来事なら、キツネさんだけの事情じゃありません。俺の事情でもあります。そんなこと言わないでください」

「タダシ殿……」


 キツネさんはちょっと目を見開いて瞳をうるわせ、声色に甘さをのせて俺の名を呟いた。

 まあキツネさんが気を揉んでいて、俺が解決に寄与できるなら、夫婦というか恋人というか一つ屋根の下に過ごす男女の仲としては協力するのは当たり前だろう。

 というかですね。


「それに、俺の知らないとこでリュウさんみたいなのが勝手に出てきかねない問題なんてさっさと片付けたいので。新宿の空を二度舞って涙目になる羽目になったのは大概あの人のせいだと思いますし」

「……おう、そうじゃな」


 恐れてはいるが、ちょっと恨んでいなくもないのだ。本人を目の前にしては言う勇気はないが。

 キツネさんがスッと冷めた目になった気がするが、俺はわりと真面目に思って言っているのだ。


「というか根本的に、玄武さんにどんな楽器が欲しいのか聞いた方が早くないですか?」

「う、む。そうなんじゃが、勝手に押し付けたもので迷惑をかけたように思っての。余計な面倒をかけるようで気後れしての」

「玄武さんは面倒なんて思ってないと思いますけど」


 一度会ったあの時、玄武さんはおそらく久しぶりに触れるであろうCDの山を楽しそうにあさっていた。信長さんとの会話も楽しそうだった。本当に面倒なのは集まる人への説明そのもので、キツネさんからの贈り物はきっと嬉しい以外のなにものもないだろう。本当に面倒なら突っ返せばいいわけで。

 気にすることはないと思うんだが、何を気にかけているのか。


「リュウさんと違って、玄武さんにはやけに遠慮してるように思えますけど」

「……亀の兄は苦労しているからのう」


 キツネさんは再び眉間に皺を寄せてビールを一気飲みして店員さんにお代わりコールをし、どこに向けるでもなく店のテレビに目をやった。

 玄武さんを気遣っているのだろうか。というか、俺は葛の葉さんからキツネさんの手綱をとれとか言われたんだが、娘にそんなことを言われるほどのキツネさんが気遣う状況というのはどんな凄まじさなのだろうか。いや、俺も割と気遣われていると思うんだが、他人の評価からのキツネさんの行動規範がどうにも読めないな。元々か。


「まあ、そうじゃな。直接聞いた方が結局は兄も面倒が少ないか。明日にでも聞きに行くとするかの」


 多少は気分が和らいだのか、キツネさんはいつものように優しい顔をして店員さんからビールを受け取った。なんか時々中国語でやりとりしてるっぽいが、何言ってるかよくわからないのもいつも通りだ。

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