キツネさん、旧縁を聞く
都合よく捕まえられたタクシーに乗って十分もしないだろうか、早々と目的地らしいところで停車した。しかし神社らしいものは見当たらない。運転手さんに聞くと、そこから見える行列が参拝客の列ですよ、と人の列を指して説明してくれた。どうやらこのあたりの参拝客の動向にも詳しい人を引き当てられていたようだ。感謝と運賃を渡して降車する。
降りたすぐ目と鼻の先には坂があり、人の列は坂下から坂上を超えてどこまで続いているのかわからない。
「はー。これはまた凄い行列じゃのう。駅前に新しいラーメン屋ができたときに並んでいた数とは比較にならんのう」
キツネさんは感心しながら、よくわからないものと比べはじめた。
「なんですかそれ」
「開店数日間は安売りしていたようで、他の店に迷惑になりえるほどに人の列が伸びていたのじゃ。新しい店には興味があったが、安いからと言って並ぶ気にはならんかったのう」
最近の出社方法に電車を利用していないせいで、駅前の変化に気付かなかった。そんなことがあったのか。
何はともあれ、四人縦列の並びに俺とキツネさんも並んで参加する。
「初詣と言うのは、どこもこれほどに混みあうものなのかの?」
「終わってからじゃないと比較はできませんが、まあこんなものかと」
「ふむ。幼子を連れて寒空の下に並ぶのは大変そうじゃのう」
「そうですねえ」
牛歩の進みの中、キツネさんの目線は家族連れに当てられていた。
幼子と言っても、小学校には上がっている頃合いの女の子だろう。寒さから逃れるためか父親の腰に張り付き、どちらも歩きにくそうにしながらも談笑して並んでいた。
「ところでタダシ殿。聞いておらんかったが、初詣とは何をしに行くものなのじゃ」
根本的なところを説明していなかったか。そこを聞かずに同行してくれているのはありがたくもあるが、盲信されているような気がして不安に思わなくもない。異世界への帰郷が一月レベルでズレこんでも気にしてなかったし、単純に数千年生きている御方からすれば数日数時間が無駄になってもちょっとした誤差なだけかもしれない。
「すんごく大雑把に言うと、年の初めに良い年になりますようにと祈願しに行くためですね。通常は土地神様にご挨拶に行くものですが、細かいところでは神社によって御利益の違いがあって、何を求めるかによって行く神社を変えたり増やしたりします」
「土地神への挨拶というのはわかる。御利益の違いとはなんじゃろうか」
「例えば、今並んでいる湯島天神だと学業なんかに御利益があるっていうことらしいですね」
「学業なんぞ他人に願ってどうするものでもない気がするのじゃが」
それを言っちゃあ、おしまいである。
自分で言ってて腑に落ちないのだろうか、キツネさんはスマホを取り出してネットで調べ始めた。
「ゆしまてんじん……と。なになに。祈願内容、学業成就・合格祈願・初宮詣・家内安全・厄除祈願・交通安全・かっこ車のお祓かっことじ・開運祈願・他。商売繁盛・社運隆昌・工事安全・団体参拝等。ふむ」
キツネさんの手元を見ると、どうやら神社の公式サイトを見ているようだ。
覗き込む俺を見てキツネさんは言う。
「これほぼ何でもありじゃないのかのう」
「まあ、そうですけども」
それを言っちゃあ、おしまいである。本日二度目。
「近隣の人からすれば、地元の神社なんで御利益が偏られすぎても困るでしょうし」
「まあ確かに。ふうむ」
納得してるのかしてないのか、キツネさんは俺の腕に片腕を絡ませながらスマホを何やらポチポチと弄る。いわゆる歩きスマホ状態だが、人の進みが非常にゆっくりなものなので、周囲を見渡してみればキツネさんに限ったものでもない。
俺が子供の頃を思えば暇つぶしが手軽になったものである。クソ寒い中明治神宮に元旦朝から家族と行った記憶があるが、退屈でしょうがなかったとかすかに残っている。
しかしよくよく観察してみると、受験生らしき年代はいなくもないが少なく見える。受験生の親御さんなんかが来ているのだろうか。大切な時期に寒空の下で待たされて、風邪なんかひかれても困るだろうしな。
「祭神、天之手力雄命、菅原道真公。なんぞ懐かしい名前が出て来たのう」
通常人ならば歴史で勉強したから懐かしいだとか、そう言ったニュアンスに聞こえるだろう。しかし言うのはキツネさんである。俺には全く別の意味に聞こえたし、キツネさんの口調からして懐かしいものを見たと言った風情である。こちらでの道真公は関係あるまい。
「……お知り合いですか?」
「うむ」
キツネさんはスマホを見たまま頷くと、魔力の風をほんの少し起こした。周囲に聞かれると面倒な話題をするときに使う気配希釈の魔術の兆候だ。
「前者は知らんが、道真は直の知り合いじゃ。異世界で大陸から渡り淡路に間借りするようになって百年くらいかのう。大陸のことを知りたいとかで、世間話に付き合った記憶がある。出世頭のくせに小生意気な宮廷雀どもと違い、儂のことを力を持つ者として利用するためではなく、自身が知らぬものを知るためだけに近寄って来た珍しい者の一人じゃな。あの小僧が、こちらでは随分と慕われているのじゃなあ」
「……へえ」
こんなん周囲に聞かれたら気狂いもいいところである。キツネさんがこちらでの真っ当な感覚を身に着けてきたことを喜ぶべきか、なんかまたとんでもないエピソードが出て来たことに驚くべきか。小僧ですかそうですか。
「普通の人だったんです?ソルさんみたく魔人になったとかは」
「さあ?儂に会いに来ていた時は変哲のない普通の魔術師であったが、さて。たまに話をしに顔を出しに来ていたのが急に途絶え、その後は知らん」
普通に亡くなったのではないだろうか、と暗に聞こえる。キツネさん基準の普通の魔術師ってが怪しいが。
軽々というキツネさんの横顔には懐かしさを思う以外に見て取れるものはない。
キツネさんはスマホをしまうと、明るく微笑み言葉を続けた。
「しかし、懐かしい縁が出て来たものじゃ。気合を入れて参るとするかのう」
やけに「参る」という言葉に力をこめて。




