キツネさん、始める
元旦明けて家に帰って即就寝し、昼過ぎに起きる。俺が寝ている間、キツネさんも少し寝た程度で新しく買い込んだスーパーファミコンソフトをやり始めて元気に遊んでいたらしい。
「ファミコンと比べると、色々とすごくなったものじゃの」
ファミコンからスーパーファミコンに進化し、グラフィックとサウンドの向上に大層感心していた。今時スーパーファミコンで感心する人もそうはいないだろう。キツネさんが今時の人と言っていいのか疑問はあるが。
「それはいいのじゃが、ボタンが増えて大変じゃ」
ゲーム機の進化を順番に経験するとよくわかる戸惑いである。親指の位置は固定で腹と先で弄っていたものが、ポジションを変えながら操作しなくてはいけなくなり、加えて人差し指でLRボタンまで使うことになって混乱するのだ。
まあ、戸惑いながらもキツネさんは楽しそうに遊んでいるので何よりだ。画面の中では緑色の恐竜というかトカゲというかよくわからない生き物が配管工に乗り回されて走り回っている。
そんなキツネさんの背後を通って昼食の支度をし、キツネさんにゲームを一旦切り上げてもらい食事をとっていると、思い出したようにキツネさんが言った。
「そう言えば、護符を納めに初詣に神社に行くとか言っておったが、いつ行くのじゃ?」
「三が日に行くと混むんですよねえ」
ぶっちゃけて言えば、お守りを返納するのが主体で初詣自体にはそれほど興味がない。ここ数年お参りなんてしてない。友人がたまに帰郷したときに誘われて行った程度である。
しかし、混むところに行くことそのものがイベントでもあるか、とも思う。
「でも元旦の今日に行くよりはマシでしょうし、明日にでも行きますか」
「ふむ。何か注意事項などあるかのう」
「そんな難しいものじゃないですから。賽銭にいくらかお金を入れて二礼二拍一礼するぐらいで。それこそ適当に物見遊山する気分でいいですよ」
「うむ。いや、どうにも神社というと神職どもの肩っ苦しい仕事場という考えが抜けんのでなあ」
食事に苦いものは出してないはずだが、キツネさんが苦そうな表情をする。
祈祷をしてもらうわけでもなし、初詣なんて観光事業の何ものでもないものになっていると思うんだが、まあ行けばわかるだろう。
言った本人もわりとどうでもいいのか、俺が食事の後片付けを始めると、キツネさんはすっぱり忘れたようにゲームを再開してはコントローラーを握りしめて楽しそうにしていた。
さて、初詣なわけだが、目が覚めたら既に昼前である。
元旦に朝まで起きて睡眠サイクルが狂ったせいなのもいくらかあるのだが、原因はつやつや肌のキツネさんにどこで覚えたのか異世界にもある言葉なのかは知らないけれども、「姫始めじゃ」と迫られて搾り取られたせいもある。
二人してのそのそ起き出してぼんやりのんびり着替えて外に出る。
「寝すぎたのう」
「ええ」
「で、どこに行くのじゃ」
「ええと、ちょっと待ってください」
目指すは湯島天満宮である。家から出る前にスマホで調べたものを、指先が冷たい冬空の下で再確認する。最寄り駅ではなくそこそこ歩くことになるが、時間的値段的には中野からだと御茶ノ水まで行って歩いて行くのがよさそうだということを、キツネさんにスマホを見せながら説明する。
「なんじゃ、タダシ殿の職場からほど近そうではないか。一旦穴を開いて飛ぶとしよう」
キツネさんの飛ぶという言葉には二つの意味がある。
空間をつなげて跳躍するという意味と、跳躍後に文字通り空を飛ぶという意味だ。
今回は水道橋の職場近くの路地裏に行くルートまで穴を開いて移動するということだ。
毎度のことだが、キツネさんが空中につくる黒い穴を通るときは数十センチほど膝を上げて乗り越えるかたちになるので、心中では「よっこらしょ」と言いたくなる。
「さて、ここから電車で一駅じゃったかの」
「ここから一駅分二人で電車乗るくらいならタクシーにでも乗っちゃいますか」
「ふむ、そうさの。飛んできたついでに、車より電車より空を飛んで行ってしまった方が早いのじゃが、まあ急くこともないかの」
キツネさんを信用していないわけではないのだが、俺は生身で正気で飛べる胆力はないので勘弁してほしい。
言わずとも心情が顔に表れていたのだろう、キツネさんが俺を見てクスクスと笑う。
「何を情けない顔をしておるか」
「はあ、その、すいません」
「謝られることでもないがのう。儂からすると空を飛ぶ危険なぞ、電車なり車なりで事故を起こす危険と大差ないのじゃがの。仕方あるまいよ。ほれ、行こう」
キツネさんに促されて歩き出す。
「タクシーがよく客待ちしている場所はどっちだったかな」
「多少あてが外れても散歩代わりじゃ」
「この寒いのに散歩する人も少ないでしょうけどね」
もともとが職場近辺は企業や学校が多い場所なので、大型連休ともなれば人の気配は少ない。
水道橋北側まで行けば娯楽施設も多くて人は多くなっていてもおかしくはないが。
「快適でよかろう。それに寒いのなら儂が温めてあげよう」
「なんか言い方がやらしいですよ」
「タダシ殿が望むならそっちでもいいがのう」
ダウンジャケットのポケットに突っ込んでいた俺の手を、キツネさんもポケットに手を入れて握る。
魔術なのだろうか、キツネさんの手は寒空の下でも温かかった。
年が明けようがキツネさんは平常運行だ。




