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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、惜しむ

 アクセスした動画はまだまだネットのよくわからん文化に慣れていないだろうキツネさんにお勧めしていいとも思えないが、ファミコンのドラクエ3で見たことのあるRTA動画というとこれだけだ。いや、分身さんが妙なところでオタ知識を元にした発言をしたり、どっから情報仕入れてんのか妙なこともあるから大丈夫かもしれないが。


「この動画には機械音声で解説がついてるんですが、一部、キツネさんには意味不明と思われる単語やセリフが混じるんですけど気にしないでください。ちなみにこの動画は複数回に分かれています」

「はぁ。まあ、わかった」


 気の抜けた反応をしながら、俺の近くできない速さで部屋着姿へ着替えをし、ベッドに寝転ぶキツネさん。俺もキツネさんの頭が邪魔にならない位置に並んで寝転がる。

 裸の男の上半身が映し出されながら「はい、用意スタート」と男性の声が流れた後、フリーソフトの読み上げ音声とゲーム音楽が流れ始めた。


「初っ端から出てきた男の意味がよくわからんのじゃが」

「なんというか、そういう文化とでも思ってください。深い意味はないです」


 キツネさんが後ろ手に俺の手をとり、キツネさんを二の腕ごと抱きかかえる形に持っていかれ、ぐいっと体を密着させられると、楽しげにねだられる。


「そう言わずに教えておくれ」

「えー……なんと言いますか、男同士のポルノビデオがネタ扱いされてまして、その一部分が流用されてるんです」

「タダシ殿はそういう趣味は無いように思えるのじゃが?」

「無い人だからこそネタ扱いしているというか」


 ホモビデオをネタにする動画を見ながら女体を抱きかかえつつ、ホモビデオがネタになる文化を解説する状況とはなんぞや。これもうわかんねえな。


「男同士の色恋沙汰など、別に面白いものでも珍しいものでもないと思うがのう」

異世界あちらではよくあることなんですか」

「よくあるとまでは言わんがの。大陸の西でやたら男同士の色恋が多かった国もあったし、地域の文化にも寄る。子も生せぬのに、なぜそういう付き合いをしたくなるのかはよくわからんが」

「そうですねえ」


 確かにわからないが、理解できる部分もある。共有する価値観が多ければ多いほど、生活共同体としては気分が楽というのはあるだろう。女性と男性では目線の違いが意思のすれ違いになりがちで、お互い疲れることも多い。性差だけでなく、育った環境の差でもそうだ。

 キツネさんは少女漫画のシチュエーションに憧れたりする可愛らしいところもあるけれども、思考性質が基本的に男寄りなので、一緒にいて楽だ。

 それでも根本的な常識の違いを教えるのに手間がかかったりはする。今回のように。


「こちらでは今のところ大手を振って主張できることではないですね」

「少数派は多数派から面白おかしく語られる、ということか」

「まあ、そういうことでしょうね」


 なんで俺はゲームプレイ動画を見ながら真面目にジェンダー論なぞ交わしているのだろうか。

 さらには、手のひらがキツネさんの胸にちょうどあたっている。柔らかい。


「タダシ殿が男を望むとあれば、儂も男の姿をとるがの」

「ときどきそういう冗談言うの、勘弁してください。俺は下に硬いもんがついてるより、上に柔らかいものがついてる方がいいです」

「ふむ。ならば好きなだけさわるがよい」


 キツネさんは冗談めかした口調をしながら、体にまわしていた俺の手に手を重ね、柔らかい胸にそっと押し付けた。


「昼間からそういうことはしませんって。動画見ましょうよ」

「昼間でも見ながらでも構わんじゃろう」

「この動画をBGMにしながらは嫌です、よ」


 言葉の終わりに合わせて、少し強めに力を込めてキツネさんを抱きしめる。


「くふ、苦しい、苦しい。すまんから、許しておくれ」


 笑いながら苦しがるキツネさんを解放し、動画視聴とその細かい解説に戻る。

 見進めていくうち、キツネさんが感心するように呟いた。


「随分と細かいことを考えながらゲームをするものじゃのう」

「なんでも突き詰めると、そういうふうになるものなんだと思いますよ」

「そうじゃの。遊びでも、なんでも、のう」


 例えば、と一つ置いてからキツネさんは続ける。


「儂のバイト先でも仕事の一つ一つに細かい意味を持たせておるしの。歌も随分と細かい学問になっておるようじゃし」

「音楽理論を調べたんですか」

「調べたというか、タダシ殿の持つ本にあるじゃろう。読んでみたんじゃが、よく意味がわからなくての」


 おそらくキツネさんは音符の意味も知らないはずだ。せめて簡単な楽譜の読み方くらいはわからないと、俺の持つ本は読んでもわかるはずがない。作曲用の和音コード理論の本だし。


「儂には精々が、聞いて、覚えて、歌う、程度でいいのう。あの本は読んでいて頭がこんがらがりそうじゃった」

「大丈夫です。買った本人の俺にもよくわかってません」


 よくわかっていないというか、実践する機会がないと仕入れた知識なんて割と簡単にすっ飛ぶものだ。買った当初は読み込んで理屈をこねまわしたものだが。

 他にも高校時代に勉強したことなんて、俺には日常活かすことのない地理なんかは内容はほとんど思い出せないが、教壇に立っていた教師の顔と癖の方がよく思い出せる。英語なんかはまだ日常につかわれることも多いけれど。


「……せっかく買ったのに、それは勿体ないのではないかの?」

「キツネさんだって着なくなった服の一つくらいあるでしょう」

「あるが、いや、うーん……そうではないのじゃが」


 動画のパート1が終わったのでパート2へと進むようマウスを操作するために、どこか歯切れが悪そうなキツネさんから離れた。

 それほど大したことでもなかったのか、俺が元の位置に戻るとキツネさんは嬉しそうに俺の手をとって、再び二人同じ体勢になって動画を見続けた。

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