キツネさん、かみしめる
キツネさん達がゲームをしている間に、時間としてはまだまだ日も高いが、食材の下ごしらえをするためにネットで検索してみる。
野菜とかキノコとかどれだけどう洗ったりするものか、普段料理しないので全く知らない。調べてみると、買ってきたキノコは洗わなくて大丈夫、むしろ洗うと味が落ちるとか検索結果が出てくる。しかしどうにも慣れない身としては、洗ってしまいたくなる気持ちを抑えきれずに、鍋に備える前にさっと洗ってしまった。
続けてえっちらおっちら一つ一つ調べては鍋に並べていく俺に、キツネさんが近寄り首を傾げて近寄って来た。
「何やら手間取っておるのう」
「慣れないことをしてますからね。味にも、まあ、期待しないでいてください。本当に」
「何やら聞いていると不安になってきたのう……とは言え、儂も料理には自信がないので手は出せんが」
「キツネさんにも苦手なことがあるんですねぇ」
まともにまな板を置く場所もない台所で、流し台のふちになんとか安定するようにまな板を置き、白菜を処理しながらあいづちを打つ。
包丁を握ってまな板に向かう俺に、横から溜め息が吐かれたのが聞こえる。
「苦手というか、もとが野の獣なので、食べるのに生肉でよかったわけでな。火を通した方が美味いというのを知っても、四つ足の身では、ほどよく火を使うことも難しかった」
俺の体が埋まるほどの大きさの狐となったキツネさんを思い出す。
確かにあの肉球具合では料理など覚えようとは思えないだろう。
「人の身を写せるようになって人の世で働くようになってからも、割のいい仕事は川を削るだの大掛かりな魔術の仕事じゃったし。旅をした時には適当にこなせる仕事をしたが、料理の仕事などをした覚えはないのう。せいぜいが一人用に簡単な煮炊きなどをした程度での」
「俺がやろうとしてるのも、簡単な煮炊き程度のものですよ」
白菜を敷き、豚バラ肉を重ね、再び白菜を重ね、と繰り返したものを鍋に並べていく。
「何やら丁寧に形を作っているように見えるがの」
「肉が少なく薄いので、まんべんなく散らばるようにしてるだけです」
白菜と豚バラ肉のミルフィーユ鍋という、水を入れて火にかけるだけのアルミの容器に入った商品をスーパーで見て、再現しようとしているだけだったりする。美味いのかどうか作ってる俺自身もよくわからん。
「ふむ。まあ大人しく待っていようかの」
飽きたのか気を遣ってくれたのか、キツネさんが離れる。
ちらりと様子を見ると、キツネさんもニコさんもゲームをしている様子が見えた。
料理をしたくてしているわけだし、それほど手の込んだものを作っているわけでもないのだが、共に食べるものを作っているそばで遊ばれていると、なんとも微妙な気持ちになる。母もこんな気持ちだったのだろうか。なんにせよ手伝ってもらおうにも台所が一人で作業するのにも不便な場所なので、キツネさんが手伝いたかったとしても作業する場所もないし仕方ないのだが。
思ったほど手間取ることもなく下ごしらえは終わり、いったん肉に熱を通す程度に火にかけておいておく。夕飯時を待って火を入れ直し、白菜の一番厚い部分を試食して確認してテーブルへ運ぶ。
テーブルの上はすでに準備万端整っている。俺が再び台所に向かってちょっと経ったらゲームスイッチが切られて静寂が訪れていたのでわかっていた。ただ、はやくファミコン片づけなさいってちょっと言いたかった俺がいる。それは何度も何度も料理をするのが当たり前にならないとダメだろうか。
さておき、俺用にレンジで温めた白飯、キツネさん達は米の代わりにビール、つけ汁のポン酢を入れるためのお椀に鍋敷き代わりの固く絞った布巾が置かれているのはいい。
しかし、キツネさん本体と分身さんが二人の計三人がいた。
「……なんで増えてるんです?」
「手料理食べたい」
増えた当人の、三つ編みの分身さんのミコさんが拗ねたように言う。
「いや別にいいですけどね。足りるかな」
「足りない分には惣菜を買ってきておる」
ミコさんが唐揚げの入った大容量のプラスチックパックを二つ、でんとテーブルわきに取り出す。
さっぱりとした夕食というコンセプトは儚くも消えてしまった。
「……じゃあ食べましょうか」
鍋を置いた俺の言葉に、三重奏のいただきますのキツネさんの声が響く。
早速とばかりに俺も含めたみんなが具をとって、鍋の湯で割ったポン酢につけて食べる。
うん。ごく普通の野菜多めな水炊き鍋だ。まあまあ美味いか。
「はふっ」
「あふっ」
「ふむ。熱いものを食べて冷たいビールを流す。この繰り返しがたまらんのう」
キツネさん達はとても楽しそうに食べて飲んでいる。楽しそうで何よりだ。
とんでもない体験ばっかりだった年の暮れを、なんでもない鍋を食べて過ごす。どれもこれも、それはそれとして楽しい。楽しいと言える年だったなあなんて、しみじみ思う。
「何を笑っておるのじゃ?」
正面に座るキツネさんが、俺に問う。
知らず知らず俺は笑っていたらしい。
「鍋がそこそこ上手くできたようでよかったな、と」
「そうじゃのう」
キツネさんも笑って頷いた。




