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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、バグる

 ピザを食べ終わり、引き続きニコさんのプレイを眺める。しかし、他人のゲームプレイは見ててそこそこ楽しめる派だと思っていたが、やったことのないRPGのレベル上げを見ているのは流石にちょっとしんどい。知らないタイトルでも編集されたゲームプレイ動画なんかだと楽しめるのだけども。

 退屈の虫が騒ぎだして、ついニコさんに性的な悪戯でもしようかという気持ちがわく。しかし、自分が集中している時にちょっかい出されるのは恋人といえどもうっとうしい。セーブが必要なゲームなどではなおのことだ。そもそも自分がやることないからセックスってのはどうよ。煩悩を実行しないうちに一時退避しよう。


「ちょっと喫煙がてら、外を散歩してきます」

「うむ。寒いじゃろうから、風邪をひかぬようにの」


 俺の言葉に、ニコさんが一時ゲームプレイを止め、俺の手を両手で覆いながら言葉を返してきた。

 ストーブを付けて締め切っている部屋の中でも、自分の回りの空気が変わるのがわかる。

 寒さ対策の魔術をかけてくれたのだろう。

 それとは別に、ニコさんの手で覆われ、体温が気持ちいい。

 ……なんだかより一層押し倒したくなってきた。やめよう。さっさと頭を冷やしに行こう。


「ありがとうございます、一時間くらいで戻るかと思います」

「わかった。体が冷えすぎたら、じっくりと温めてさしあげるからのう、旦那様?」


 ニコさんが妖艶に笑う。なんか見透かされてるっぽい。逃げよう。



 備えの靴を履いてダウンジャケットをまとい、タバコも売っている近所のコンビニへと向かう。

 途中にある古本屋の中をざっと見てみたが、キツネさんの残滓は見てとれなかった。

 コンビニのドアは開けずに素通りし、店外部のひっそりと離れた場所に置いてあるスタンド式灰皿へと近づく。クソ寒い中でわざわざ喫煙する阿呆が、俺の他にも先客に二名いた。彼らからやや離れた位置で、右手人差し指を左手で隠しながら魔術でタバコに火を点ける。

 腰掛けるのにちょうどいい車止めに体重を預け、浅く煙を吸い込み、溜め息のように吐き出した。

 何十時間ぶりだろうか。日付上では昨日も吸っているはずなんだが、体感時間上がよくわからない。

 深く煙を吸い込み、上を向いて細く長く吐き出す。

 先客二名が寒い寒いと言いながら、肩と首の間を狭めて喫煙所から離れて行く。俺はニコさんの魔術のおかげだろう、寒さを感じはするものの、一つの場所に止まっていても震えることもない。


「鍋でも作るかなぁ」


 呟きながら、タバコの始末をして歩き出す。

 引っ越して来てから使っていないが、部屋には複数人用の土鍋がある。昼が油っこいものだったから、夜は野菜を中心とした鍋をさっぱりとポン酢でいただくというのもいいだろう。

 男のものぐさ料理なので、洗って切って煮るだけの鍋だ。というか、俺自身が料理のスキルが低いので高度なものを作ることができないだけだが。

 くわえて炊飯器もないので、米に関してはレンジで温めるものか出来合いのものを買ってくることになる。


「手料理と言っていいものか微妙だけど……」


 やらないよりは、いいか。

 そういうことにしておいてスーパーへと向かい、スマホ片手にどれをどれだけ買うか色々悩みながら、鍋の材料等々を買い終えて部屋に戻る。

 帰宅を告げようとしたら、天井からサキが降ってきた。一日ぶりのサキの洗浄だ。そう言えばコレに慣れきってて、シャワーも浴びずに外に出てしまったことに思い至る。

 洗礼が終わり次第、サキに買い出しの荷物をひったくられた。


「ただいまー」

「おかえり、タダシ殿」


 ポニテ姿のキツネさんが片手にゲームボーイを持ったまま、ベッドから寝っ転がりながら手を振って出迎えてくれた。サキが居たことでわかってはいたが、帰って来ていたようだ。

 そのキツネさんの視線はサキが運ぶ荷物に向く。


異世界あちらに置き去っていたものは元に戻してあるからのう。迷惑をかけた」

「わかりました。さして問題はないですよ」

「うむ。しかしなんじゃ、料理されておらん葉野菜などを買ってくるのは珍しいのう」

「これは夕飯用の材料です。サキ、よろしくね」


 飲み物類しかほぼ入っていない冷蔵庫に食料品が入るのは久しぶりである。サキが若干野菜類を入れるのに戸惑っているように見える。

 キツネさんも若干の疑念を顔に浮かべて尋ねてきた。


「材料?」

「寒いし、夕飯は鍋でも作ろうかと。白菜とキノコが多めのさっぱり目なものを」

「タダシ殿が料理をするのか、初めてじゃのう。楽しみにしていてよいのかの?」

「期待させるほどのものは作れませんよ。量も精々が俺とキツネさんにニコさんの分くらいですし」


 キツネさんは尻尾をパタパタさせて笑顔を浮かべるが、実際にたいしたものじゃない。だが、ファミコンを変わらずプレイしていたニコさんが勢いよく手を上げて喜んだ。


「分身の分は儂だけ!儂大勝利!」


 ただ、その手にはコントローラーが握られたままだった。つまり、思い切り引っ張られたコントローラーとともに、本体にも急激な衝撃が与えられた。

 結果、テレビ画面がバグった。

 ニコさんの表情もバグった。


「あー!儂のレベリング作業が!」


 ファミコンにはよくあることである。多くの人々が、これを持って機械とは慎重に扱うものだと学んだのだ。

 むしろ現在の我が家では猫を飼えないために、事故が起こる可能性が低いことを幸せに思わねばならない。

 偶発的な事故ではなく全てはおのれの起こした結果であるのだが、ニコさんはそのまま電源をオフにして床に転がってふてくされた。


「あー……ないわー……」


 そう言いつつも幾らか落ち着いた後には再びやり始めるのも、皆が通る道である。

 文句を自分に言いながら、ニコさんは再び電源を入れた。


「またここからかあ……」

「ショックでセーブデータが消えてないだけマシじゃないですかね」


 ニコさんの目が大きく開いて固まった。

 キツネさんからも苦情が上がる。


「そういう大事なことは先に言って欲しいのじゃが」

「知ってても経験するんですよねえ、これが。ショックを与えていないつもりでも、理不尽に起こったりします。それまで含めてファミコンです」

「……そろそろファミコン以外にも手を出そうかと思うのじゃがの」

「そう感じるなら次はスーパーファミコンですかね。ちなみにこの現象はスーパーファミコンでもあり得ることです。俺はクリア前のセーブデータが同じゲームで二度飛んだことがあります」


 攻略本を見ながらでさえもラストダンジョンを攻略するのが面倒で、放っておいたら消えてしまったのだ。クリアする前にレベル上げをしきって、どこかそれで満足してしまった感があったのもあり、それほど今は後悔の念はない。

 しかし、キツネさんとニコさんは少々引きつった顔をしていた。いや、こんなもんですって。ファミコンに比べれば、個人用パソコンなんてバックアップをとるのが少しの金でできるとさえ思うんだけど。

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