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キツネさん、図書館へ行く

「明日もあることじゃし、今日のところは戻って住まい近辺を散策したいのじゃが、どうかの」


 お金をもっと増やしてからいろいろと見て回りたい、ということらしい。明日オケラになったりしなければいいんだけど。

 帰る事自体には反対意見はないので、場外馬券場を出て駅へ向かう。切符をいちいち買うのは面倒なので、IC式乗車カードを買ってキツネさんに渡す。

 チャージしたり財布に入れて改札を通ったりする時に無邪気に目を輝かせる姿は、世間知らずなどこぞのお嬢様といった様子だ。今のところ酒と博打とエロ話くらいしかしてないんだが、とんだお嬢様である。

 帰りの電車の中でも馬券の種類がどーだこーだと楽しそうに話す。明日は単勝複勝以外にも三連単に挑むとのこと。夢を追っかけ過ぎなければいいんだが。


「そういえば、勝つ馬はどうやって見分けてたんですか」

「パドックで馬を見ればわかるじゃろ。現地へ行って直接見ればもっと分かりやすいのじゃが」


 俺みたいな普通の人にはわかりません。世界を渡る魔法もそうだが、キツネさんはいろいろとインチキじみてる。



 さて、中野駅で降りて向かう先は区立図書館。家に帰ってから行くと微妙に遠回りなのだ。半地下気味になっている施設に着き、キツネさんに説明する。


「ここは置いてある本を自由に読むことが出来る施設、図書館です。俺が仕事で居ないときなどに情報収集するには丁度いいと思います。借りることも出来るんですが、キツネさんは身分証がないのでしない方がいいでしょう。中では静かに、話す時も小さな声でお願いしますね」

「なるほど、助かるの。どのような本があるのじゃ?」

「漫画じゃなければいろんな種類があります。まずは歴史系の場所に行ってみますか」


 図書館に入り館内案内図で目的地を見つけ、キツネさんを連れて歩き出す。

 大声で喋るような人は居ない。貸出受付の人の落ち着いた声。どこからか聞こえるささやかな衣擦れの音。カーペットに吸収された僅かな足音とともに進めば、並ぶ本棚が見えた。

 はー、と声にならないため息が聞こえた。

 振り返ると、キツネさんが口を半開きにして目を丸くしていた。本の山に驚いたのだろうか。

 歴史関係の棚に行き着き、江戸時代に関連しそうな本を一つ抜き出し、キツネさんに渡す。読んでみろという雰囲気を察したか、キツネさんは受け取った本を開き目を通し始める。

 ページをめくるのが若干早い気がする。しかし、目は本に釘付けとなっている。馬を見るときもそうだったが、集中力が尋常ではないのだろう。

 夢中になっているところ申し訳ないが、荷物もあって他の人の邪魔になるので、肩を軽く叩いて席のある場所へ誘導する。

 さて、キツネさんが読んでいる間、俺はどうしようか。歴史の本はなんとなく勧めただけなので、科学系の本で良さそうなものを求めてうろついてみる。

 すると、席に座らせてから十分経ったくらいか、キツネさんが荷物と渡した本を持って俺のところへやって来た。


「どうしたんです?」

「おおよそは読み終えた。一度外へ出ぬか」


 早いっすね。

 本を元の場所へ戻し外に出て、再び同じ質問をする。


「どうしたんです?」

「本を読めること、置いてある本がよく整理されていることは分かった。今日はもうよい、ここに来るのはタダシ殿が居らぬときにしよう。で、じゃな。先程の本を読ませたのは何故じゃ」

「家康が活躍したあたりの歴史の本を読んでもらおうと思ったんですよ。そちらの世界に人でなくても家康という名を持つ有名な者がいるなら、何か比較や参考に出来るものがあるかと思って」


 なんだろう。キツネさんは怒ったり悲しんだりしているわけではなさそうだが、苦笑いを浮かべている。


「なるほどな。過去の民の生活を調べ、一部をまとめたもののようじゃが、当時の男女の交わりを描いたものもあっての。ずいぶんと大きいタコに絡みつかれた女の絵などもあっての」


 つまり、そんなものをキツネさんに見せて何がしたいのかと問い詰めたかったと。

 よし、謝ろう。


「言った以上のことは考えてなかったんですが、そんなことも載っていましたか。すいません」

「まあ変な意味などないと分かってはおったんじゃがの。そのような絵は本当にごく一部であったしの。しかし、こちらでもイヤイヤと言いながら大タコに辱められて果てさせられることはあるんじゃのう」


 何か斜め上な感想が飛んで来たぞ。違う、そうじゃない。


「そんなエロい大タコなんていません。それも想像で描かれたものです。まあ巨大イカとかはいますけど、性的な被害があったってことはないと思います」

「なんじゃ、魔物はおらんでも似たような被害があるのかと思うたわ。しかし、こちらでは百年以上前からあんなことを想像しては絵にしてきているのじゃの」


 異世界人に呆れられてしまったが、別に俺は悪くない。悪くないよね。


「というか、そちらではそういう被害があるんですか」

「魔物になったものは多くが凶暴となり、他の命あるものを弄ぶものも出てくる。屈伏させ、己が強者であることを誇示しているのやもしれん。その誇示の一つなんじゃろう、女を襲うというのはな。そうそうある事ではないがの」


 キツネさんは当たり前のように淡々と言うが、それは人の尊厳を破壊する自然災害だ。

 なんとも恐ろしい。


「男も襲われることがあってな。例えば魚の魔物なんじゃが、体の上半分がたいそう美しい人の姿となったものが、漁師を攫いあの手この手で産んだ卵にひたすら精を吐き出させるという。何故か無事に帰ってくることが出来た漁師は、精魂尽き果てた顔でまた攫われたいと言ったとか」


 なんとも恐ろしい。違う意味で。

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