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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、張り切る

 なんだか色々ドタバタしたが、年末年始の休みである。普通ならば部屋の大掃除やら食料の買いだめなんかをするものだが、掃除に関してはサキタマコンビが毎日念入りにしてくれているし、食料はどうせどこか年末年始でも開いている店を探すなりコンビニに行くなりするだろうし、備蓄するにしても精々がレトルトか冷凍食品でも買い込む程度のものだ。

 つまりはこれと言って喫緊にやることもない。布団の中から分身さんのゲームプレイをぼけっと眺める。分身さんはなんでかバスタオルを首にかけて髪が隠れているので、見分けポイントが微妙に隠れていてどの分身さんなのかわからない。いや、三つ編みならまだわかりやすいだろうから、ミコさんではなくニコさんだろうか。

 つらつらと細事を考えている内にうとうとと睡魔に襲われていると、インターホンが鳴って急激に意識が浮かび上がる。

 はーい、と分身さんが声を上げながら財布を持って玄関へ向かいドアを開く。何やら代金を支払って配達ピザの箱を持って引き返してきた。


「そろそろ昼じゃ。タダシ殿も食べるかの?」


 言われてガラス戸の外を見ると中天に陽が上り、部屋に一番光が入る時間になっていた。

 確かに飯時ではあるのだろうが、寝起きにピザか。まあいいか。油っこいものは朝から食べられない、というようなナイーブな胃や舌にはなっていない。

 正面から分身さんを見て、髪を両サイドから下ろしてそれぞれゆるくまとめているのがわかった。


「いただきます、ニコさん」

「うむ。多めに頼んであるから、好きなものを食べるとよい」


 テーブルの上で箱が開けられ、広がるチーズの香りが空きっ腹に響く。ベッドから起き出して早速一切れ手に取って口に含む。俺好みのクリスピーな生地をざくりと噛み切ると、これでもかと油と塩が口の中であばれ、遅れてトマトの酸味がわずかに中和する。ニコさんがピザと一緒に届いたコーラを用意してくれたグラスに注いでくれた。感謝の意とともに受け取り、炭酸と甘味で口内を洗い流す。チープな贅沢だ。

 空きっ腹が満たされていく感覚に一息つきながら横を見ると、ニコさんが左手でピザを食べながら右手でファミコンのコントローラーを操っていた。行儀が悪いなあとは思うが、小器用にこなしているのを見ると、逆にすごいなあとも変に感心してしまう。

 ふと目があったニコさんが、ピザをビールで流し込んで言う。


「どうかしたかの?」

「いや、器用だなあ、と」

「本体がさっさとタマとサキを連れ帰ってくれたら、レベル上げを任せながらゆっくり食べられるのじゃがのう」


 テレビ画面の中では軽快な音楽とともに戦車が何かボコスカ発射している。名作とは聞くが、俺がプレイしたことのないゲームだ。

 さておき、ニコさんの言葉通りキツネさんとタマサキ及び俺の荷物は戻ってきていない。世界間を渡る際には時間のねじれを意図的に発生させられるので、行って帰ってきても時間をかけずに戻ってこられるはずなのだが。


「何してるんですかね?」

「一度異世界(あちら)に行ってこちらへ帰ってきてはいるものの、行った際に亀の兄上に頼まれた漫画の類をそこかしこで買い込んでいるようじゃのう。分身達も動員して、頼まれてもいないものまで近隣の中古本屋から恐ろしい勢いで買い集めておる。近所の公園に人除けと不可視化の結界を張って段ボールを積み上げておるのう」

「家族思いってことなんですかね」

「母が飲んだ酒の量を考えたら、兄上には中古本であれば数千冊くらいは贈らんとのう」


 どうやら玄武さんは、安い中古本でいいから数種の漫画のシリーズを買ってきてくれないか、とキツネさんに頼んだようだ。

 俺と一緒に異世界へ行った昨日でも、頼まれてもいない音楽CDとラジカセを持って行ったりしてるし、キツネさんは仲のいい人達に対してサービス精神が旺盛だ。

 こちらでリュウさんと飲み食いしてた時には少々ツンケンしていたようだが、それも育ての母への愛情の裏返しなのだろうか、確かに異世界へと渡る際には毎回結構な量の酒を持って行っていた。あの量のうちリュウさんはどれだけ飲んだんだとも思うが。

 今食べているピザも、俺へのサービス精神のあらわれであろうか。たまには俺もちょっといつもとは違う趣向でキツネさんとの休日を過ごすべきか。


「キツネさんは、俺が休み中にどこかに行きたいというのはあるんでしょうか。異世界(あちら)に行った以外に」


 分身さん相手でも、キツネさん本体への質問は問題なく行える。

 俺が問うと、ニコさんは嬉しそうに言った。


「タダシ殿と一緒にどこかへ行くというのであれば、どこに行っても楽しいのではないかの」


 なんとも嬉しい言葉ではあるが、なんでもいいと返事されるのは困るものだ。しかし言った俺も何かプランがあるわけでもない。さて、どうするべきか。


「それに一人でも、行きたければ勝手にそこかしこに分身なども巡っておるからのう」

「そう言えばそうですね」


 どこかに行くという行為そのものはキツネさん一人の方が気軽に行える。何かイベント的なものの方がよいのだろう。

 キツネさんが望みそうなイベント。以前あーんして食べさせることを、リュウさんに先駆けして行ってしまい悔しがっていたのを思い出す。少女漫画的なイベントか。

 手料理。いやそれは女の子側が作ってドギマギしながら弁当を渡したりするものだろう。キツネさんにサービスさせてどうする、俺は嬉しいが。俺が作るにしても、腕に自信がない。

 言葉に詰まる俺を、キツネさんが笑う。


「こうして二人でのんびり過ごせるだけでよいのじゃがの。こちらの世は、皆働きづめで大変そうじゃ」

「まあ俺もそれで十分ではあるんですけどね」


 さて、どうしたもんか。

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