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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、ねぎらう

 アルバムの一曲目、エレキギターのリフからイントロが始まる。

 信長さんが目を閉じて何かを噛みしめるように聞き入りながら呟いた。


「懐かしいなあ……」


 少しかすれ声というか、荒っぽい声質にも思えるボーカルが歌を紡ぐ。

 信長さんは静かに聞き入り、他の皆も話すのを一旦止めてラジカセの方を向いている。玄武さんだけガサゴソと他のCDをあさっているが。

 一曲目も半ばにさしかかろうというところで、イザナギ様が信長さんに声をかけた。


『何を歌っているのかよくわからないが、力強い歌だね』

「申し訳ありませぬ。懐かしさに我を忘れておりました」

『構わないよ』


 言葉を受けてハッとした信長さんが深々と頭を下げるが、イザナギ様は鷹揚に手を振って許す。


『ただ残念だね。音を楽しむだけでもいいけど、せっかくの歌なのだから意味も知りたい』

「簡単なことじゃ。お主が魔力を込めて歌えばよい。このアルバムを選んだのはお主なのじゃからのう」

「え」


 イザナギ様の要望をキツネさんが受けて信長さんに話を振る。振られた信長さんは小さく声を上げて、少し困ったような顔をした。


「と、貴き方々に奏上するほどの芸は持っておりませぬが」

「構わんから一度歌ってみればよい。カラオケぐらいしたこともあるのじゃろう」

「は、はぁ」


 親会社の社長の前でカラオケってレベルじゃねーぞ、と小さく泣きそうな声で呟きながら、信長さんは歌詞カードを取り出してペラペラとめくる。俺が知る歴史上の織田信長は敦盛とか芸事も好きだったように思うのだが、流石に神様の目の前で納めるほどではないらしい。

 ちょうどよく曲目が変わった。ギターのハウリング音が徐々に大きくなり、イントロが始まる。BUMP OF CHICKENの代表曲、天体観測。

 信長さんがキッと覚悟を決めて歌詞カードを見ながら歌いだす。


 魔力を込めて思いをのせた歌は幻を見せる。キツネさんの歌は俺に幻を見せたし、俺の歌はキツネさんに思いを伝える以上の何かを感じさせたと言う。

 信長さんの歌い出しではそこまでのものはなかった。しかし徐々に興が乗って来たのか、信長さんの思いが込められた幻が見え始める。


 壮絶な戦場。

 突き進む馬上の鎧武者。

 月明りに佇み、大雨とともに夜襲を仕掛ける。

 歌の各所に出て来る「君」は、戦い死んでいく部下たち。

 転生を繰り返し絶望しそうになりながらも、必死に戦いぬく。

 心半ばで死んだように思えるだろうが、心配するな。

 俺は答えを見つけ出せたから。


 歌いながら、信長さんは少しだけ泣いていた。俺も泣いていた。キツネさんは静かに目を閉ざして片膝たちに腕をのせて缶ビールを揺らす。


『お疲れさま。ありがとう』

「いえ。お耳汚しをいたしました」

『そんなことはないよ。本当にお疲れさま』


 イザナギ様が優しく慈しむように声をかけ、信長さんは深々と頭を下げた。

 俺は深く溜め息をついて一口ビールを飲んだ。キツネさんと目が合う。その目は少しいつもよりきらめいていた。


「タダシ殿、何を泣いておる」

「キツネさんもちょっとウルウルしてるじゃないですか」

「うむ。しかし驚いた」

「ええ」


 俺の解釈では友情の歌なんだが、それがどうしてこうも壮絶な戦の死を弔う歌になるんだ。

 CDをあさっていた玄武さんも手を止めて、自分の酒を飲みに席に戻っていた。


「すげえな。幻が見えたぞ」

「は?」

「歌った本人はわかってないのか」


 玄武さんから言葉を受けるも、信長さんには意味がわからなかったらしい。

 キツネさんが補足する。


「歌そのものの巧拙は関係なく、思いと魔力をのせた歌は聞く者に思いを伝える。強い思いであれば幻を見せるほどにな。儂には戦で死にゆく者を悲しむ将が見えた」


 俺も玄武さんも頷いて信長さんを見た。

 言われた本人は目を赤くしながら驚いている。

 キツネさんが言葉を続ける。


「お主の言葉や魔力のありようから生まれ変わりは疑ってはいなかったがの。このような凄まじいものを見せられて信じぬ者はおらんだろうよ。お主の背負ったものに、儂はどう言葉をかけていいかわからん」

「いえ」

「言えるのはただイザナギと同じ。お疲れさま、としか言えん」

「いえ……」


 少し重くなった空気に耐えられなくなったのか、玄武さんがガリガリと頭をかいて、ふざけたように言う。


「いやあ。すんません信長さん。タメ口きいてすんません。俺なら心折れてるわ、こんなん」

「何度も折れたよ。でも引きこもっても、どうにもならなかったから。何度も折れたから、その分、太く強くなったのかもね。骨みたいに」

「それ嘘らしいっすよ」

「マジで!?ていうか変な敬語やめて?」


 玄武さんがケラケラと笑う。つられて信長さんが笑う。

 歌に見せられた幻に驚かされたが、信長さんの中では決着がついていることで、俺がわざわざそんなに深刻に考えることでもないようだ。

 俺も笑い、キツネさんも微笑みながら新しくビールの缶を開ける。

 異世界の秋風が心地良い。


「しかし俺としては、幻を見たって言われても、みんなの反応が微妙にわかるようでよくわからないんだよなー」


 信長さんが愚痴る。

 確かに、俺もキツネさんに歌ってみせたときは自身にはなんの影響もなかった。キツネさんに歌ってもらって初めて理解した。

 理解するには他の人が魔力を持って歌わないとわからないだろう。


「ならば次はタダシ殿が歌ってくれんかのう」

「俺が歌う必要はないでしょう、キツネさん」


 俺だってこんな面子の前で歌いたくねえ。

 そんな思いが透けて見えたのか、信長さんがニコニコして肩を叩いてきた。


「おなじ天体観測でいいよ」

「いや本当勘弁してください……」

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