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異世界のキツネさん  作者: QUB


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キツネさん、暴力を振るう

 席順は右から推定仏陀、推定玄武、キツネさん、俺、信長さん、秀吉さん、ソルさん、イザナギ様となっている。一般人の俺の場違い感が半端ねえ。ロトのテーマの勇壮さが心に全然響かない。

 キツネさんの義兄さんは缶ビールを飲み尽くしたであろうほど傾けたあと、気持ちを切り替えるように息を長く吐き、俺に軽く尋ねてきた。


「ま、いいや。君が噂のキツネちゃんのお婿さんだね?」


 俺はいままで恋人がいたことはあるし、その家族と話すようなこともあったが、恋人の親族に結婚の挨拶をしたことはない。

 即座に返事をできなかった。緊張して手のひらが汗ばんでいる。油断してあぐらを組んでいたのを正座に直す。頷くようにも礼をするようにも見えるだろう、ぎこちなく中途半端な頭の下げ方をし、つばを飲み込み、頭を上げる。

 キツネさんが隣に座る義兄さんにデコピンしていた。


「いったぁ!?」

「大して効いてなかろうに大げさじゃのう、兄上。初めて挨拶するときは自分から名乗れ、と儂には言っておったではないか」

「いや、いや……うん、そうだね、自分から名乗るべきだね」


 義兄さんが額をさすりながら再び俺に体を向け、俺に軽く頭を下げた。


「どうも、恥ずかしながら、玄武って名乗ってます。元々はなんでか陸亀に生まれ変わった日本人です。近しい家族からも亀と呼ばれる事が多いです。キツネちゃんの義理の兄です」

「あ、どうも、近衛忠です。キツネさんと仲良くさせて頂いております。玄武様とお呼びしてよろしいでしょうか?」

「ははは、現代日本人に傅かれると変な感じがするなあ。キツネちゃんをさんづけしてるなら、俺にもそんなに堅苦しくしなくていいですよ。タダシさん、で、いいかな?」

「はい、玄武さん」


 緊張しいしい、最初の挨拶は無難なところに収まってくれたようだ。日本人というだけあり、玄武さんは俺の知る日本語で話してくれているのでありがたい。


「しかし近衛ねえ、珍しい苗字だ。五摂家と関係ある?」

「確かに珍しいみたいですね。多分関係はないと思います」

「そっかあ。近衛って呼ぶと五摂家にもある家なんで、こっちの日本だとややこしいことになりそうでさあ。こっちでは控えたほうがいいかもしれない」


 五摂家。なんか歴史上の政治的に偉い家ってのは朧げに知っている。しかし調べた事があるのだが、俺の家は五摂家になんの関係もないらしい。まあ面倒ごとになりそうならわざわざ使う名前でもない。

 大人しく頷いて了承の意を示すと、キツネさんがやや不機嫌そうに鼻息を鳴らした。


「宮廷雀どもの相手は面倒くさいのう。タダシ殿が名乗るのにさえ気遣わねばならんとは」

「下手に名乗ると近衛家がキツネちゃんを取り込んだとか変な噂が広まりかねないでしょう?こちらにいるときはって話だよ」

「わかっておるよ、兄上」


 玄武さんの話に肝が冷える。権力闘争とか勘弁してほしい。俺はキツネさんとの関わり以外、ただの一般サラリーマンなのだ。

 そんな俺の表情を見て、玄武さんが大丈夫だと言うように手を振りながら笑った。


「タダシさんがキツネちゃんと一緒に居る限り、手を出す馬鹿は居ないよ。ぶっちゃけて言うと、俺らの扱い神様レベルだからね?」

「……それはそれで現状を鑑みると胃が痛くなるような気が」


 神様に囲まれるのと権力者に囲まれるのはどっちが恐ろしいのだろうか。ぼく、もうよくわかんないや。

 けらけら笑っていた玄武さんが声を静め、脅すでもなくただ事実を確認するように言う。


「でも、キツネちゃんと一緒にいるってのはそういうことだよ。少なくともこちらでは神の一柱の相手って扱いだ。そもそも、よくキツネちゃんと一緒にいようと思ったもんだね。機嫌を損ねたら塵ひとつ残らず消されるよ?」

「儂はタダシ殿にそんな!」

「キツネちゃんはちょっと黙ってて」


 何か言い返そうとしたキツネさんの言葉を静かながらも強い口調でさえぎり、玄武さんは静かに俺の反応を待っている。

 ビールを一口飲み、考えがまとまらないまま口を開く。


「最初会ったときは、確かに機嫌損ねたら指先一つ使わず殺されるんだろうなあ、とは思いましたけど。いきなりインターホンも鳴らさずに空間に穴を開けて部屋の中に入って来られて。ああ、これどうしようもないやつだって。まあ、殺されるなら苦しまないように一気にやって欲しいとは思いますが。でも……」

「でも?」

「キツネさんは俺のことを尊重してくれてますし、俺もキツネさんが嫌がるようなことはできるだけしないよう気をつけてますし。細かいこと気にしたら、キツネさんじゃなくても誰だって一緒に居られなくなるでしょう?相手がただの人でも、機嫌を損ねたら刃傷沙汰になりうるのはどこも変わらない。男が女より力が強いぶん、女が男の力を警戒する。俺とキツネさんの場合、それが逆転している程度かな、と」


 気付くと、俺以外みんな静かにしている。

 キツネさんが尻尾をパタパタさせている音が聞こえる。

 なんかもっと言ったほうがいいのかな、これ。うーん。


「それに、魔力を通して会話すれば嘘もつけないですし、話もこじれないし。普通の人と会話するより、ある意味楽ですよ?俺のいる世界じゃ他の誰もできない意思疎通方法ですし」

「あー。そっかー。そういうのもあるかー。前世なんて何千年前だったかだから、そういう意識抜けてたわ」

「そもそも、キツネさんはいきなり理不尽に暴力を振るったりするんですか?」

「何言ってんだキツネちゃんはいい子に決まってんだろうが!」


 玄武さんが細い目をカッと開いて力説する。え、じゃあ今のやり取りの意味はなんだったの。

 キツネさんのデコピンが玄武さんに炸裂する音が再び響いた。

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