キツネさん、ビールを差し入れる
信長さんと秀吉さんが先導し、キツネさんが後に続き、タマとサキが音もなく這いずり、俺を挟んで最後尾にソルさんがついて屋敷内を行く。畳敷きで何畳あるのだろうか、かなり大きめの部屋に着くと、そこには三人の人影。イザナギ様が左奥に、その対面に二人。
キツネさんがラジカセを床に置き、深々と座礼をした。その左右に信長さんと秀吉さんがそろって続く。
「皆々様、此度はお忙しい中、わたくしどものためにお集まり頂き、神祇大納言、御礼申し上げまする」
キツネさんが珍しく敬った言葉を遣っている。バイト先でマニュアルに従って遣う敬語とは雰囲気が違う。俺主観でつい数時間前に挨拶したイザナギ様には親戚の甥っ子相手のような態度をしていたのに。
俺はどうしたらいいものかわからず、とりあえずキツネさんに習って頭を下げるべきかと座ったところで、立ったままのソルさんに肩を叩かれた。俺の意識がソルさんに向いて横を見上げた瞬間、キツネさんが立ち上がった。
「とまあ、肩書上のかたっ苦しい挨拶は置いといてだな。シッダールタ殿、兄上、イザナギ、異世界の酒食に娯楽を持ってきたのでお楽しみ頂きたい」
キツネさんが急変してうやうやしい態度をとったと思ったら、再び急変してなんだかいつも通りである。キツネさんを見てソルさんを二度見してみると、気にするなとばかりに首を振った。
呆けている俺をよそに、キツネさんとサキとタマによって酒やら菓子やらが配膳されていく。
「ほれタダシ殿もソルもこっちに来るのじゃ。そこに座って。ほれほれカンパーイ!」
「か、かんぱーい……」
各人キツネさんの行動から空気を読んでくれているのか、缶ビールを掲げてそのまま飲み始める。キツネさんの指示により、後から座った面々と部屋の中にもともといた御三方も含めて半円の形で宴会が始まった。
半円の最左端、イザナギ様は相変わらず半透明なのに口に入れたものはどこに行ってるのだろうか。
半円の最右端には黒髪を頭の上で丸くまとめている、学のない俺にはどの系統の人種と言っていいのかわからん壮年の男性が静かに笑みを絶やさないままにビールを飲んでいる。キツネさんがこの人の方を向いてシッダールタ殿と言っていたところからして、俺の世界で言うところのお釈迦様なのだろう。宗教系の飲食の禁忌はよくわからないが、酒飲んでいいのだろうか。
そしてその隣には日本や中国系の見た目で糸目がちな若い男性が缶ビールを勢いよく煽り、感激の声を上げていた。
「キンキンに冷えてやがるっ……!」
「おう、亀の兄上。楽しんでくれて何よりじゃ」
どうもこの人がキツネさんの義理の兄らしい。今まで聞いたエピソードからすると玄武っぽいんだが、キツネさんと違って亀らしいところはどこにも見受けられない。作務衣っぽい服装に長髪を適当に後ろで縛って酒を飲んでる姿は、暇を持て余した大学生のようだ。
「美味い、美味すぎる……!犯罪的だっ……!」
「お、おう。そこまで美味いかの?」
「ありがてぇ……!キツネちゃん、本当にありがとう、ありがとう……!」
「大丈夫か、兄上」
キツネさんが笑いながらも若干引き気味である。俺からするとキツネさんも同じくらい酒に飢えられる人だと思うので、何に引いているのだろうかと疑問に思う。
それにキツネさんが自然にちゃん付けで呼ばれている。恋人に限らず友人知人が知らない呼び名で呼ばれているのを見ると、その人の知らない面が見えるようで面白い。
「前世でお酒好きだったのなら堪らないでしょうね。お酒に強くない私はお菓子の方が嬉しいですけども」
「ああ。数千年ぶりの雑味のないビールともなれば、こうもなるかのう」
「あっちの食べ物飲み物はなんでも美味しいデスからネー」
ペットボトルのウーロン茶をコップに注いで一口ドーナツを楽しむ信長さんがしみじみと言うと、キツネさんが納得しソルさんが相鎚を打った。そんなもんだろうか。
なんだかんだで皆さん楽しんでいるようなので何よりである。
少し落ち着き始めたのでそろそろキツネさんの義兄さんに挨拶するべきかと思っていたら、キツネさんが入り口付近で放っていたラジカセと音楽CDをタマに持ってこさせた。
「次は音楽じゃ。兄上、どんなものがよい」
「ああ、そう言えば持って来てたね。久しぶりに会うキツネちゃんがラジカセ担いできたジーパン姿に度肝抜かれた気がしてたのに忘れてたよ。音楽CDなんてもっと久しぶりだし、どうしよう」
「はは、そうか。適当にかけるとするかの」
俺から見えない位置でCDを取り出しカチャカチャとキツネさんがラジカセを弄ると、まずは管楽器の音が鳴り響く。
流れてきた交響曲に、思わず俺は吹きだしそうになった。信長さんも吹きだしそうになったのか口許を抑えている。キツネさんの義兄さんに至っては口にしていたものが気管にでも入ったのか、盛大に咽ていた。
そんな俺達を不思議そうに見ていたイザナギさんが、ふと思い出したように言った。
『あ。これドラクエの最初の曲だね』
「正確にはドラクエ3じゃから、最初の曲ではないのじゃがの」
「なんでイザナギ様がドラクエ知って!……ってキツネちゃんしかいないか。何してんのいったい。それになんでよりによってドラクエなの。いや良い曲だけど」
キツネさんの義兄さんが義妹の注釈をよそに大声を上げかけ、冷静にキツネさんに突っ込んだ。
「良い曲じゃろう?ならいいじゃろう」
『うん、良い響きだね。うん』
得意そうに言うキツネさんにイザナギさんが同意した。
転生者組はなんとも言えない表情。
ごめんなさい、これ俺のCD。とは言う気になれない。
この後、俺はどんな挨拶をすればいいのだろうか。




